Preparation for the Worst Fracture in US-European Relations

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米欧関係の危機をここまで率直に記した文書は見たことがない。

「最悪のシナリオに備えなければならない」。欧州連合(EU)首脳会議を前にポーランド出身のトゥスクEU大統領が27日に域内首脳に出した書簡は、トランプ大統領が率いる米国との著しい緊張関係をこう表現した。

 7カ国(G7)首脳会議(シャルルボワ・サミット)を早退しながら、欧州各国や議長国カナダの批判に憤って首脳宣言への署名を拒んだトランプ氏。傍若無人な振る舞いで戦後70数年の同盟関係に及ぼした亀裂は、修復しがたい断裂に変わりつつある。

 トゥスク氏が覚悟する「最悪」とはなにか。私は米国と欧州の関係悪化と同時に、トランプ政権によるEUという超国家の枠組みの切り崩しが複合的に起きていく事態なのではないかと考える。

 「ドイツの対米感情はジョージ・W・ブッシュ元大統領の時期よりも悪化した」。ベルリンやミュンヘンを最近訪れた元ホワイトハウス当局者はこう話す。「さらに深刻なのは、米政権がそれで構わないと思っていることだ」

 端的な例がある。トランプ氏の肝煎りで起用されたグレネル駐ドイツ大使は着任早々の5月、米国が欧州の反対を無視して決めたイラン核合意の離脱を受け、すぐに「ドイツ企業は直ちにイランビジネスを中止すべきだ」とツイッターでつぶやいた。

 指先から命令調のメッセージを送るという、トランプ流の手法を踏襲した大使。米右派メディアの取材には、極右と組んで政権を樹立したオーストリアのクルツ首相を「ロックスター」と称賛した。「欧州の保守勢力の復活を心から望んでいる」とも述べた。

 2003年、ブッシュ政権によるイラク戦争への参加をドイツとフランスが拒否し、米欧の関係は冷え切った。当時の米議会はフレンチフライを「フリーダム・フライ」と改称し、国防長官は独仏を「古い欧州」と批判した。それでも当時は自由貿易や多国間主義といった価値観は共有できていた。

 トランプ政権はその価値観すら顧みず、旧来秩序をひっくり返すことで「米国第一」の路線をひた走ろうとする。具体的には、過去に例のない3つの圧力を欧州の代表格であるドイツを中心にかけている。

 筆頭はもちろん貿易を巡る対立。関税による輸入制限の応酬で始まった摩擦を、通商問題の本丸である自動車分野にまでエスカレートさせていく展開だ。

 トランプ氏は大統領への就任時から「ニューヨークの5番街にメルセデスやBMWの車がひしめいている」とドイツ車の流入に再三不満を述べてきた。EUが報復関税を導入すると「貿易障壁をなくさなければ輸入車に20%の関税を課す」とツイートで主張した。最大の打撃を被るのはドイツだ。

 第二は安全保障だ。北大西洋条約機構(NATO)に加わるドイツの国防費は国内総生産(GDP)比で約1%にすぎない。米国の3%半ばをはるかに下回るドイツの「過少負担」をトランプ氏は重ねて批判する。EU内にもドイツの負担が小さいとの不満の声はくすぶる。7月中旬に開くNATO首脳会議で米欧首脳がG7サミットのような混乱を再演すれば、埋めがたい溝ができてしまう。

 第三は移民問題だ。「移民問題で揺らぐ弱い連立政権にドイツの人々は背を向けている」。トランプ氏は18日、地方選を控えた姉妹政党から弱腰を批判されて政権維持の正念場にあるメルケル政権の移民政策の「失敗」を強調するようなツイートを投稿した。反移民で強権的な政権を率いるハンガリーのオルバン首相とも電話会談するなど、移民政策でEUを露骨に揺さぶっている。

 多国間の体制を嫌い、一対一の取引を志向するトランプ氏。最近の動きはEUという枠組みの結束を乱し、貿易や安全保障を巡る取引で有利な立場を得ようとする意図がにじむ。

 「米国第一」の要求に応じる国は持ち上げ、そうでない国には圧力をかけて優位に立とうとする。米政権の新しい外交は世界の「常態」になりつつある。

 G7サミットを「G6+1」という孤立の構図にしてでも自らの国益確保にまい進する米国。国際社会はやりたい放題に動くトランプ政権を嘆くだけでは意味がなく、困難を打開する戦略の練り直しが急務になっている。

 多国間ルールを無視してトランプ大統領が繰り出す無理難題の要求には、利害をともにする国々が連携して毅然と反論し、拒否をしなければならないのは当然だ。同時に、トランプ政権の誕生をもたらした米国社会の感情変化にも、目配りをする必要がある。

 トランプ大統領の欧州批判は西側同盟が抱える問題の核心を突いている――。こんな論考を、独ツァイト紙のビットナー氏が20日の米ニューヨーク・タイムズ紙で展開した。「戦後体制を保つ人的、資金的な負担を米国は過剰に負わされていると感じている」。防衛のコストを免れながら大学無償化や手厚い医療を実現してきた欧州の「ただ乗り」を突いたものだ。

 自由主義や西洋の民主主義といった当たり前の概念が一斉に再検証の時を迎えている。米国に安全保障を依存する日本は何を負担し、地球規模の課題解決でどう貢献するのか。欧州が「最悪のシナリオ」を想定し始めたいま、日本も欧州とともに、米国との向き合い方を見直す必要がある。

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