The Philosopher Who Obama Admires

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 ≪ニーバーを尊敬する≫

 「変革」を掲げたオバマ次期大統領は、哲学者のラインホルト・ニーバー(1892~1971年)を尊敬しているのだという。オバマ氏が大統領選で地滑り的に勝利したのにも驚いたが、これにはもっと仰天した。

 なぜなら、ニーバーは現実主義理論の始祖であり、その多くは共和党中道派リアリストの考え方に限りなく近いからだ。神学者でもあるニーバーは、キリスト教のもつ洞察力が現代にも通用すると指摘し、左派のリベラリズムを痛烈に批判してきた。

 その民主党リベラル派に近いと思われていたオバマ氏が「ニーバー好き」を漏らし、演説の指針にまでしていたという。

 米国の保守系研究所AEIの客員研究員、加瀬みきさんに聞くと、オバマ氏から「ニーバー好き」を最初に聞き出したのは、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、デイビッド・ブルックス氏だという(昨年4月26日付)。

 ニーバーは罪深い人間が神の善意に依存していることを強調し、キリスト教的な社会倫理の樹立を目指した。戦後は国務省顧問として政策にも関与した。力の行使は他人ばかりか自らをも危険に陥れると考え、現実主義的な外交を推奨した。米国の「力の限界」を認識しつつ、むやみに強国を敵に回さない戦略論である。

 米国の国際政治学には、ニーバーを師と仰ぐ2人の巨人がいる。その一人、ハンス・モーゲンソーは権力政治の分析から「勢力均衡論」を強調し、現実主義政治の理論的な指導者として君臨してきた。もう一人のジョージ・ケナンは、対ソ「封じ込め戦略」の生みの親として冷戦時代の自由主義陣営の理論家として知られる。彼らはともに、米国の政治家がモラルを振りかざして非現実的な介入をしがちであることを戒め、他方で国内政治に操られる外交を排除した。

 ≪現実主義の系譜だった≫

 これがニクソン政権のキッシンジャー国務長官人脈に引き継がれていく。彼はソ連を相手とする外交ゲームで、対ソ「チャイナ・カード」として米中和解を演出し、「理想主義の敗北」といわれたベトナム戦争を終結に導いた。先代ブッシュ政権のスコウクロフト大統領補佐官がこれを継ぐ。

 ブッシュ政権のパウエル国務長官も現実主義の系譜にあり、イラク開戦の経過の中で保守派との対立に消耗して政権を去った。共和党でありながら、今回、オバマ支持に回ったのも彼らが超党派主義であることをうかがわせる。

 英誌エコノミストが「オバマの論法の多くは意外なほど保守的でレーガン的である」と述べたのも、ニーバーの系譜と考えればうなずける。その延長でオバマ新政権の主要閣僚候補を眺めると確かに現実主義者が目立つ。

 留任するゲーツ国防長官はそのスコウクロフト元補佐官人脈であり、ガイトナー財務長官とリチャードソン商務長官はキッシンジャー氏のシンクタンクに関連した系列人脈である。

 グルジアに侵攻したロシアとの関係で、オバマ氏は「ロシアは敵でもなければ、緊密な同盟国でもない。民主主義、透明性、説明責任を求めるのに何の遠慮もいらない」と冷静だ。「むやみに強国を敵に回さない」というニーバー流の響きを感じる。

 オバマ氏はロシアが嫌うチェコ、ポーランドへのミサイル防衛配備にも否定的であり、グルジア、ウクライナの北大西洋条約機構加盟も急ぐ気配がない。ひょっとすると、ロシアが石油価格の下落で、熟柿が落ちるように“まともな国家”になるのをジッと待っているのかもしれない。それは北朝鮮のテロ支援国家指定解除に理解を示し、「一定の前進があった」と述べたことに通じる。

 ≪敵にしない戦略の陥穽(かんせい)≫

 しかし、「敵に回さない」取り込み戦略には落とし穴がある。相手の国家指導者が極端な力の信奉者で、かつ腐敗国家であると、思わぬシグナルを送ってしまう。

 ロシアや北朝鮮がオバマ氏の政策変更を「弱さ」と考え、両者が対米強硬路線を続行する危険がある。内政でも、政敵のクリントン氏を「敵に回さないため」に閣内に入れたとして、彼女の独走を許してしまえば元も子もない。

 オバマ氏がまことの現実主義者であるなら、彼らへの注意を怠らないはずだ。そんなオバマ氏を相手に、日本政府高官が同盟国としての役割を果たせないまま表敬してもプラスにならない。もはや「集団的自衛権はあるが行使しない」というまやかしは通じまい。

 オバマ次期大統領は、ニーバーが有名な「冷静を求める祈り」の中でいう勇気と冷静さと、そしてこの2つを識別する知識をもって現実主義の路線を歩むのか。(ゆあさ ひろし)

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