Manners of an Economist?

<--

「通貨の番人」だったグリーンスパン氏の一言が妙にひっかかっていた。この大不況を「100年に1度の大津波」と巧みに表現したアレである。米連邦準備制度理事会(FRB)議長という頂点を極めた人物の発言だから、たちどころに世界に広がった。

 でも、「100年に1度」とは以前、どこかで彼の口から聞いたセリフに思えてならない。そこで、スクラップを引っ張り出して念入りに調べてみると、どんぴしゃり、やはりあった。

 1998年5月にワシントン発で書いた連載「アメリカ帝国」に、彼が似て非なる発言をしている引用があった。しかも、趣旨はまったく逆で、第2の「アメリカの世紀」到来を唱(うた)うパンチワードとして使っていた。

 あのころの米国は、一時の「衰退論」をはね返し、黄金の90年代を築き上げていた。ドルが世界を飛び交い、地球の裏側にまで米軍が展開していた。世界の路地裏にある劇場では、若者がハリウッド映画を楽しんでいる。

 80年代の日本脅威論は見る影もなく、中国パワーはまだ霧の中である。米国興隆のカギを握るのは情報革命の新しい波であり、米外交誌は終戦直後の第1波に続く「アメリカの世紀」の第2波到来を宣言していたのだ。

 グリーンスパン議長はこのときの議会証言で、その情報革命を「1800年代の発電機の発明と並ぶ“100年に1度の事態”」と未来学者のようなことをいっていた。彼は「技術革新による生産性の向上、経済のグローバル化、さらに規制緩和によるコストダウン効果がある」と、3つの要素を挙げて褒めそやした。

 それが昨年の秋になると、この大不況の到来を「100年に1度の大津波」といった。あれからわずか10年である。上げたり下げたりめまぐるしい。それほど今回の大不況は深刻なのだと、エコノミストの後知恵はいうだろう。

 大エコノミストがしれっと悲観的なご託宣をすれば、続く小エコノミストの群像も右へ倣えだ。彼らが作法にのっとり「景気悪化」の大合唱をすれば、世界中がなえてしまうのは避けられない。不況時に財布のひもを締めろといえば、さらに悪くなるだろう。

 米国市場が頼りだから、あちらがこければみなこける。しかも、米国の衰退は良からぬ国の台頭を意味するからなお厄介なのだ。

 昔、町内には正義感あふれる好漢がいて、悪漢どもを投げ飛ばしたものだ。その好漢が何かで衰弱すると、また卑劣なやからが起き上がってくるのと同じである。

 米国を国際社会の「好漢」に例えると、ソ連を崩壊に導いて東欧を解放し、クウェートを侵攻したイラクを追い出した。だが、好漢がつまずくと、エゴ丸出しの強国が「米国の一極支配は終わった」と、露骨な行動に出る。

 ロシアは隣国ウクライナの態度が気に入らないと、天然ガスの供給を停止した。厳冬期を待っての恫喝(どうかつ)である。昨年夏のグルジアへの軍事侵攻を連想させる。

 中国も鬼の居ぬ間に攻撃性の高い空母を建造するつもりらしい。「空母はつくらず」はウソだったか。昨年6月の日中合意に反して東シナ海のガス田を新たに単独で開発している。日本の抗議には、「解釈の違い」でごり押しする。

 米国という好漢の衰退は困るが、この超大国を侮らない方がよい。「100年に1度」を10年で2度も経験したこの国の立ち直りは意外に早い。(東京特派員)

About this publication