The Dangerous Structure Of the American Economy

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≪人間こそが不安定化要因≫

 経済関係のニュースがだんだん悪い方向にばかり傾いていって、病気にたとえると回復のめどが見えてこない。病気の原因を指摘した論文をさがすと、古いものではハーバート・A・サイモン(1978年ノーベル経済学賞受賞)の邦訳名『システムの科学』(1969年)がある。

 自由化を主張する経済学者で「合理的期待形成学派」とよばれる人々を俎上(そじょう)にあげる。この学派は「十分に開かれた情報のもとでなら投機行動をしても安全だ」という学説を出したのだが、サイモンは「投機的行動が不安定化作用をもたらしかねない」として批判している。

 人間そのものが不安定要因の源泉だということを忘れてはいけないというのである。

 さまざまな学問的な警告があったにもかかわらず、金融工学という学問領域が開発され、「サブプライムローン証券」という金融商品が作られた。その暴落から世界的な経済危機が起こった。これは取り立てる権利のある借用証を、リスクが高ければ価格が安いというように、さまざまに組み合わせて、証券にして売り出したものである。

 元手がなくてもローンで買い物ができる。その際に、売り手のリスク負担を証券購入者に転換、分散することによって限りなく拡張したものである。

 ≪増幅する「富」への欲求≫

 アメリカという国が全体として、貿易を通じて買った品物の代金を、国債や「サブプライムローン証券」などとして外国人に買ってもらう、という形で済ませてきた。つまり、貿易収支の赤字を資本収支で埋め合わせてきた。

 中国も日本も、アメリカというお客さんに品物を買ってもらうことで経済活動を支えてきた。常にアメリカに投機的な資金が流れこんでいかないとバランスが取れなくなる。そのため円はドルに対し安く、日本の金利はアメリカよりも低く設定されていた。今でも円がドルに対して上がれば産業関連の株が下がる。

 ところでエネルギー資源の消費量を比較すると、1人当たりのエネルギー消費はアメリカ5・4(toe=石油換算トン)に対して、イギリス2・67、ドイツ2・92、フランス2・85、日本2・82となっている。アメリカはいわゆる先進国の約2倍の消費量である。中国0・47、インド0・17の10倍以上の消費量である。(経済産業省「エネルギー白書」2005年版)

 しかし、アメリカ人は、平均して先進国民の2倍の豊かさを享受しているのかといえばそうではない。ポール・クルーグマン(2008年ノーベル経済学賞)によると、1970年代と現在と比べたとき、アメリカでは「上位0・1%の人の所得は5倍に増え、0・01%の人は7倍になっている」のだそうだ。アメリカ人は大量の資源から作られた富を、所得格差を拡大する形で配分している。

 いま問題化している大手保険の巨額ボーナスでもわかるように、アメリカのトップクラスでは、「年収1000万円のためなら働かない、ボーナスだけでも1億円以上もらわないと元気がでない」という精神状態になっている。巨額の富をつり上げることが刺激剤(インセンティブ)として使われている。

 ≪景気回復への甘い見通し≫

 アメリカ社会の資源浪費体質と所得格差とは連動関係にある。

 貧しい人が「チャンスがあれば自分も成功して富豪に」という夢を捨てていないということは、世論調査などでも裏付けられている。所得格差を縮めるよりは、富豪の夢を大きくする方が、社会的な安定に貢献するという体質をアメリカ社会が持ち続けている。

 貿易収支のバランスを回復すること、資源の浪費体質から抜け出すこと、社会的な格差を小さくすること、この3つが同時に成功するのでなかったら、アメリカ経済の本格的な再建は成り立たない。

 オバマ大統領が4年間で、その第一歩を踏み出すことは不可能ではない。アメリカが貿易収支の赤字を国際的な投機資金の吸収で埋め合わせるという、あぶない仕組みを再稼働させる。そのことが、世界経済の景気回復の時点であると想定したとしても、4年間では無理だろう。

 かつて日本で、バブル崩壊からの回復が10年以上かかった。今回は、もっと長く不況が続くという想定で、弱者救済の長期計画を立てることが政治に要求されている。税金を投入して有効需要を大きくすれば、景気が内発的に活性化するだろうという見通しは甘い。経済学者のレスター・サローによると市場経済社会では有効な予見はせいぜい8年であるそうだ。せめて20年程度の計画性がどうしても必要であろう。

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