Edited by Joanne Hanrahan
安保改定50年/脱軍事の地平開く元年に 住民の敵意招かぬ賢明さを
2010年1月18日
日米安保をどうするか。日米安保だけでいいのか。国民論議を尽くし重層的な安保を確立し「平和国家日本」の真価を示す時だ。
1960年に改定された日米安全保障条約が19日で署名から50年の節目を迎える。
日米は昨年11月の首脳会談で「同盟深化」の必要性で一致した。「同盟深化」の具体像はまだ見えないが、従来の国民不在の政策決定の在り方に歯止めをかけ、安保論議をお役所から国民の元へ取り戻す好機とすべきだ。
誰を何から守るのか
「安保の負担は沖縄に、受益は国民全体で」という状況が構造化している。安保の目的は何か。誰を何からどう守るのか。本質的な議論をしっかり行いたい。
現行安保は、第5条の米国による日本防衛義務、第6条の米国への日本の基地提供義務が注目されがちだが、第1条で「国際連合を強化」、第2条で「経済的協力を促進」をうたうなど、本来は「日米軍事同盟」一色ではない。
条約前文は「平和、友好関係の強化」「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護」もうたう。
また、国連憲章の定める「個別的又は集団的自衛の固有の権利を有している」などと記す一方で、第3条で「武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる」とするなど、憲法の枠内での相互協力を建前としている。
しかし、運用実態は「軍事偏重」「沖縄の過重負担」であり、インド洋への海上自衛隊派遣に象徴されるように憲法上の疑義がある。民主主義や法の支配のうたい文句が泣く。
戦後の日米関係で一貫しているのは、沖縄基地を自由使用することで日本の独立が守られ、米国の国益が確保されてきた点だ。その陰で沖縄では度重なる米軍絡みの事件・事故、航空機爆音などで住民の安全と生活が脅かされてきた。
昨秋、琉球新報社が実施した世論調査では、米軍の日本駐留を定めた安保条約について4割強が「平和友好条約に改めるべきだ」と答えた。米軍基地提供のよりどころである安保「維持」は17%弱。「米国を含む多国間安保条約に改める」15%強、「破棄すべき」は10%強だった。
県民は「反軍・反基地」感情を抱えながらも、米国との敵対ではなく、安保見直しを通してより良い関係を希求している。
かつて復帰運動の高揚に危機感を抱いた日米両政府は「このままでは沖縄の基地を失う」と判断、基地の自由使用継続と有事核持ち込みを条件に沖縄返還に合意した。
鳩山由紀夫首相とオバマ米大統領は「変革」を旗印とし、従来の政権にも増して民主主義、人権、国際協調を重視する姿勢が鮮明だ。
両首脳は「核なき世界」の実現や温室効果ガス削減という難題に果敢に挑戦している。その2人が沖縄問題の一つ「普天間の早期撤去」で英断を下せぬはずがない。
日米中に大きな責任
国際社会は核拡散やテロ根絶など軍事的課題だけでなく、感染症や飢餓・貧困、食料危機、エネルギー危機、人権問題など多様な安全保障問題に直面している。むしろ軍事力では解決できない安全保障の課題の比重が増している。
こうした中、日米両政府の発想は旧態依然とし軍事に比重を置きすぎていないか。この20年余国防費が2けたの伸びを見せる中国を、警戒するのは不自然ではない。だからといって日米が中国の「脅威」をあおり軍事的に対抗するというなら、それは短絡的だ。
日米中の3国は、経済、外交、安全保障各面における総合的な影響力から、人類全体の持続的発展に大きな責任と役割を負っている。日米中が軍事的な緊張・敵対関係に陥り、世界全体の「平和と繁栄の危機」を招いてはならない。
力を頼みにした安保政策で市民の安全を保障し、経済社会の持続的な発展を保障するのは不可能だ。日米で政権が交代した今、軍事偏重安保を根本的に見直す好機だ。
従来の「対米追従」とは決別すべきだ。憲法9条を持つ「平和国家」、唯一の被爆国として日本に期待されるのは、ODA(政府開発援助)など非軍事面の貢献であり、核廃絶や軍縮の推進役であろう。
安保50年を日米が協調し、より積極的な予防外交や日米を含む多国間安全保障の実現、「人間の安全保障」の定着に踏み出す、新しい安全保障の元年としたい。
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