余録:イラク米軍戦闘終結宣言
「故に兵は拙速なるを聞くも、未(いま)だ巧久なるを睹(み)ざるなり」。戦争では拙速はあっても巧久(巧みで長引く)ということはないという古代中国の兵法書「孫子」である。長期にわたる戦いが国を利したことはない--とその叙述は続く▲「故に用兵の害を知るを尽さざる者は、則(すなわ)ち用兵の利を知るを尽すこと能(あた)わざるなり」。軍を用いる害を知る者でないと、その利もわからない--英戦略思想家リデル・ハートの名著「戦略論」も冒頭に掲げる一節である▲実は03年のイラク戦争の空爆作戦も孫子の影響を受けた軍事理論の下に行われたといわれる。軍を用いる利だけに目を向け、その害を知らなかった不肖の弟子の7年以上の戦いの首尾を泉下の孫武はどう嘆いているだろう▲オバマ米大統領はイラク駐留米軍の戦闘任務が終結したと宣言した。この間、米軍の死者4400人、イラク人の死者は11万人以上と聞けば、頭(こうべ)を垂れるしかない。開戦の大義名分だった大量破壊兵器は結局見つからず、残された傷口の出血はなお止まっていない▲当のイラクは今春の総選挙後も連立交渉不調から新政府を樹立できぬ政治空白が続いている。米戦闘部隊撤退に合わせたテロも頻発した。米軍はなお5万人が駐留を継続してイラク政府の支援を行うという。完全撤退は来年末になるというのがオバマ大統領の目算だ▲「慍(いきどお)りは復(ま)た悦(よろこ)ぶべきも、亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。故に明主は之(これ)(戦争)を慎み、良将は之を警(いまし)む」。戦を起こす怒りはやがて解けるが、戦死者は生き返らない--これも不肖の弟子に伝わらなかった「孫子」だ。
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