ウィスコンシン州の首都マディソンを初めて訪れたときは厳寒だった。2月の終わり近く、湖に面した州の議事堂周辺は凍るような風が吹き、人影が見当たらなかった。1980年代のことだった。
だが最近のマディソンは人間の集まりと熱気とに満ちるようになった。同じ時期の2月27日に同じ議事堂前に7万人もが集まり、2つの対立する集団となって激しい応酬を展開したことが報じられた。
この対立はいまの米国の政治の核心の争いである。「大きな政府」と「小さな政府」、リベラルと保守、民主党と共和党、オバマ政権と茶会党(ティーパーティー)の正面衝突なのだ。まず、表面ではウィスコンシン州の保守派のスコット・ウォーカー知事とリベラル派の同州公務員労働組合との激突である。だが論議は、今後の政府と国民との関係のあり方の根幹へとつながっている。
マディソンでの対決の行方は、今後米国の他の各州や連邦政府全体にも重大な余波を投げ、その方向を左右する。だが事態のそんな重みにもかかわらず、米国のメディアでは中東での激変に圧倒され、報道の扱いがそれほど大きくない。日本のメディアとなると無視に近い。
ウィスコンシン州といえば、つい最近までリベラル派の牙城だった。古くはベトナム反戦でマディソンのウィスコンシン大学は全米でも最も過激な活動家の本拠地だった。だが時代は変われば政治も変わる。昨年11月の中間選挙では州知事から州議会の上下両院までみな共和党が勝ってしまったのだ。とくにいま43歳のウォーカー知事は反リベラルの茶会党の支持を得る保守派で「州財政の赤字削減」を公約とした。
ウォーカー知事は州財政がこのままだと2013年には36億ドルに達するとして、その縮小のための人件費削減策として州公務員労組の権利を減らす法案を提出した。同労組の団体交渉権を基本賃金のみに限定し、賃上げも消費者物価上昇以上は州民投票にかけることにする。争議権も制限し、組合員の組合費支払い義務を解除する。組合員の医療保険や年金も団体交渉の対象から外し、個人負担を増す。病院や学校に勤務する労組員は団体交渉権を失い、ストもできなくなる。ざっとそんな内容である。
この法案は州議会の下院で可決され、残るは上院での採決となったが、上院の少数派の民主党議員14人は2月中旬、州都マディソンから姿を消すことで審議の拒否に出た。14人は隣のイリノイ州からウォーカー知事に対し「労働者の基本的権利の侵犯」などという糾弾を浴びせた。ウィスコンシン州上院の共和党側は3月3日、これに対し、14議員を議会侮辱罪で逮捕する決議を採択した。
この対決の背後にはこの種の公務員労組がどの選挙でも一貫して組織ぐるみで民主党候補を支援してきたという現実がある。さらにはウィスコンシン州など中西部工業地帯の労組はまだ強力で労働者の組合参加や組合費支払いを義務づける法律を保持してきたという実態もある。
全米では労働者の組合関与の自由を認めた「労働権法」のある州が22に上り、残りの州よりも生産性や投資の効率を高めているという事実もある。
そもそも米国では労働者の労組加盟が1981年には約20%だったのが昨年には11%台へと落ち込んだ。だが公務員だけは昨年なお36%の労組加盟率を保った。民間労働者の組合加盟は7%だった。だから官よりも民の役割を重視する「小さな政府」の保守派からすると、政府による公務員労組への広範な権限の付与は財政問題とからんで絶対に反対ということとなる。
共和党員が知事となったオハイオ州やインディアナ州でも公務員労組への同じ制限の動きが起きている。だからこそウィスコンシン州での対決はなおさら注視されるわけである。
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