記者の目:スペースシャトル退役と宇宙開発(上)=大前仁
◇米一辺倒脱し露からも学ぼう
米スペースシャトルが21日、最後の飛行を終え、ロシアが「宇宙の足」を独占する時代が始まった。日本ではロシアへの依存を警戒する声も広がる。確かに、ロシア宇宙庁が米航空宇宙局(NASA)に対し、年間乗船料の値上げを相次いで要請するなど問題も生じている。だが、私は日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)がロシアとのパイプを築けていない現状の方が不安に思える。
◇宇宙への人輸送 ソユーズだけに
JAXAとロシア宇宙庁はたんぱく質の実験で協力している程度で、関係は薄い。これは、常に米国に頼ってきた戦後日本の一面を映していると言えるだろう。だが、ソユーズ宇宙船が国際宇宙ステーション(ISS)へ人を運ぶ唯一の手段となった今、日本が本気で有人宇宙開発を進めるならば、半世紀の経験を持つロシアから学ぶ要素もあるはずだ。
私は3年近くモスクワ支局でソユーズの打ち上げを取材してきたが、JAXA幹部からロシアとの関係を深めようという意欲を感じることは少なかった。
例えば、宇宙飛行士の古川聡さん(47)が中央アジア・カザフスタンの草原地帯の中にあるバイコヌール宇宙基地から飛び立った6月。あるJAXA幹部が「NASAの連中はこんな辺鄙(へんぴ)な所に連れて来られて悔しくないのだろうか」と発言するのを聞いた。米国がシャトル後継機を開発するのに期待し、ロシアのソユーズ宇宙船に頼る現状を早く終えたいという思いがにじんでいた。また日本人飛行士のソユーズ乗り組みが数年前から決まっていながら、JAXAがモスクワに「技術調整事務所」を開設したのは今年4月になってからだった。
そもそも日本は、ISSへの人員輸送は米国を通じて実施する協定を結んでいる。だから米国がロシアと交渉して日本人のソユーズ乗船を決めるし、古川さんの打ち上げ時もNASAの担当者が記者など日本の関係者を引率した。このため打ち上げ前の会見は英語とロシア語に限定され、古川さんが日本語での応答を禁じられるなど、日本の要望が通らないことも多い。それでもJAXAの白木邦明理事は、対露関係について「今後もNASAを通じて接していく」という考えを変えようとしない。
日本が宇宙開発で全面的に米国に依存することは危険でもある。日本人で唯一、民間人として宇宙飛行した秋山豊寛さん(69)=元TBS記者=は、かつて毎日新聞の取材で「米国は航空宇宙分野や生命科学分野での覇権を譲らないだろう」と語り、日本が他国とも協力していかないと技術面の制約を受ける恐れがあると警告していた。それでもJAXAはNASAという「巨大な兄」の庇護(ひご)下にいる方が心地よいようだ。
もちろん、JAXAがロシア宇宙庁との関係を深めるといっても、短期的に技術や知識を得られるわけではない。だがロシアは過去40年間、宇宙飛行で死者を出していない。米国は何度も航行できるが安全上の問題があったスペースシャトルの経験を踏まえ、後継機ではソユーズのように1回の飛行で乗り捨てるタイプの開発を決めている。ロシアがソユーズで使う技術は最新鋭ではないが、安全な帰還を重要視する姿勢から学べるものがあるはずだ。
◇飛行士経験者のモスクワ常駐も
昨年6月にソユーズ宇宙船で地球に戻った飛行士の野口聡一さん(46)は、乗り組み前に得た知識だけでない体験が多かったと指摘。「日本人の飛行士同士で(ソユーズ乗船の経験を)伝え合えば面白いし、(自分の飛行は)日本の有人技術蓄積へ向けて大きな意味があった」と語っていた。
JAXAには現場で奮闘する職員もいる。彼らは「一度うまくいったと思っても、すぐに担当者が代わってしまい、なかなか人間関係が築けない」と、ロシアとのつきあい方の難しさを打ち明ける。私自身もロシアに4年近く滞在するが、物事が順調に進まない「難しい国」である。
一方で、ロシアという国には外国人が溶け込む姿勢を見せれば受け入れる側面もある。野口さんのようにロシアで訓練を受けてソユーズ宇宙船に乗った外国人飛行士は、ロシアの宇宙関係者から尊敬と親しみをもって迎えられている。私は彼ら飛行士が、豊富な経験や知識だけでなく、優れた判断能力も持ち合わせている姿を見てきた。日本人飛行士の経験を引退後も生かすために、例えばJAXAは将来的に飛行士OBをモスクワに常駐させるなど、ロシアとの関係深化に努めるべきだと思う。(モスクワ支局)
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