オバマ来日に「日豪効果」生かせ 双日総合研究所副所長・吉崎達彦
2014.4.17 03:22 (1/4ページ)[正論]
いよいよオバマ米大統領の訪日が近づいてきた。衆目の一致するところ、最大の注目点は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の成否であろう。
筆者は3月13日付当欄で、「豪州と経済連携しTPP打開を」との持論を述べた。すると、本当に4月7日の日豪首脳会談で両国がEPA締結で合意した。これでTPP交渉にも少し期待が持てるようになったと思う。
日米間の交渉は、米通商代表部(USTR)のフロマン代表の強硬姿勢もあって、「まだ距離感がある」(甘利明TPP担当相)のが現実だ。ただし日米が合意できさえすれば、全体の交渉妥結はそう難しくはないだろう。
《他参加国が日本応援団に》
かねて、TPP交渉で日本最悪のシナリオは、米国が「日本が交渉に協力的でないから、他の参加国だけで合意しよう」と言い出すことであった。だが幸いにもその恐れはほぼ消えたと思う。
なぜなら、日本は豪州と先行して関税引き下げを進めることを決めた。ここで日本をTPP交渉から締め出してしまうと、豪州製品の日本向け関税だけが下がり、他の交渉参加国の対日輸出が不利になってしまう。日本の経済規模から考えるとそれは惜しまれる。
そこで他の参加国は、日本を交渉から外さず豪州と同等もしくはそれ以上の条件を得たいと考えるはずである。彼らは「何も農産物の関税撤廃にこだわらなくてもいいから、日本には交渉に残ってほしい」と言うだろう。日本の応援団になってくれるのだ。この辺が多国間交渉の面白さである。
もちろん、米国内のロビー活動団体も、同じことを考える。例えば、米国産牛は日本市場において豪州産牛と激しく競争している。牛丼やハンバーガーなどの大手チェーン店が原料調達先を、米国から豪州に乗り換えるようになったら、それこそ一大事。今頃、米国牛の業界では、「是が非でも豪州以上の条件を勝ち取れ!」との号令がかかっていることだろう。
《TPP交渉へ日豪ドミノ効果》
こんなふうに、ある国との貿易協定締結が他国に対するプレッシャーとなり、全体の交渉を加速する現象を貿易協定のドミノ効果と呼ぶ。今まで日本の貿易交渉は、良くいえば丁寧、悪くいえば及び腰で、スピード感に欠けるうらみがあった。ところが、今やまことにダイナミックな変化が進行中である。通商交渉は「三日見ぬ間の桜かな」といったところか。
とはいえ、オバマ大統領の腰はまだまだ重そうだ。お膝元の民主党内には、貿易自由化に反対する議員が少なくない。いつになったら議会で「貿易促進権限」(TPA)が取得できるのかという問題も残っている。
国内業界を説得するのも一苦労だ。例えば、自動車業界に関税撤廃をのませることができるのか。2012年のオバマ再選キャンペーンでは、「ビンラーディンは死んだが、GMは生きている」という非公式なスローガンが使われた。つまり自動車業界を守ったことが、オバマ政権の大きな業績と見なされているのである。
秋には中間選挙を控え、彼らの期待を裏切ることは難しい。ゆえに、オバマ大統領としては「日本からこんなにたくさん譲歩を勝ち取りました」と言わないと、恰好がつかないのである。
思うにアメリカにとり、TPPには3つの目的がある。第1に、停滞して久しい新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)に代わって、新たな貿易自由化を目指すというグローバルな利益。第2に自国の産業界や消費者に資するという通商上の利益。そして第3は新しいルール作りを通して、経済圏の深化と拡大を図るという対アジア外交上の利益である。
交渉をやっていると、ついつい2番目の利益にばかり目が行ってしまう。すなわち「交渉で勝った、負けた」という話である。しかるに残る2つの利益の方がより重要だ。特にアジア外交については、先進的な共通ルールを作りあげ、将来的に中国を引き入れていくという長期的な目標がある。
これら3つの利益は、もちろん日本も共有するところである。さらにいえば、「国内改革を加速するため」という4つ目の利益もある。すなわちTPPには、アベノミクス「第三の矢」である成長戦略を加速する装置としての役割も期待されている。
日本が豪州とのEPAで提示した条件は、やや「ゆるい」ものであったといえるだろう。牛肉の関税は半減するとはいえ、セーフガード措置もついている。そしてわが国農業界も、比較的冷静に受け止めているように見える。
恐らくTPP交渉の妥結には、「あと一歩」を踏み込むことが必要になる。国益を損なうような妥協はできないにせよ、ここまで来て「やっぱりダメでした」という結果は、安倍晋三首相もオバマ大統領も望んではいまい。
日豪EPAで生まれた「ドミノ効果」を生かして、実り多い結果を得てほしい。(よしざき たつひこ)
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