Moving toward a New Asia-Pacific Region

Edited by Gillian Palmer 

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新しいアジア太平洋へ 週のはじめに考える

 環太平洋連携協定(TPP)交渉が大詰めを迎えています。オバマ米大統領との会談で日米両国は合意への道筋を確認しました。あと、もう少しです。

 ベトナムで開かれた首席交渉官会合では、知的財産分野や国有企業改革などで前進がありました。週明け十九日からは三カ月ぶりに閣僚会合が開かれます。

 ここで大筋合意にこぎつけるのは難しそうですが、合意へのモメンタムは失われていません。日米首脳会談では共同声明の発表を遅らせても異例の徹夜協議を続けたように、両国は交渉をまとめる強い意志を示してきました。

もう交渉の峠は越した

 首脳会談の結果については、珍しく新聞の評価が割れました。読売新聞は「実質合意」と書きましたが、朝日新聞の見出しは「合意見送り」、本紙の記事は「道筋を特定」と報じています。

 「いったい真相はどうなのか」と思われるでしょうが、大きな流れで見れば「峠は越した」とみていいでしょう。つまり、もはや最悪の決裂はない。

 それは日米共同声明の「前進の道筋を特定した」という言葉に示されています。「この道を進めばゴールに到着する」と言っている。言い換えれば、ゴールラインが視野に入ったのです。

 肝心の交渉内容がよく見えないので、いまの段階で性急に評価はできません。それでもあえて言えば、TPP交渉の妥結はアジア太平洋にとって大きな意味を持つ。それは間違いありません。新しいアジア太平洋の幕開けになるはずです。

 これまでアジア太平洋は日米が軸になって引っ張ってきました。そこに中国が猛烈な勢いで追いつき、いまや世界ナンバーワンになろうとしています。激しい競争はアジアに活力と刺激を与え、成長の原動力になってきました。

TPPの「五つの理念」

 一方で、中国の躍進はひずみも生んでいます。知的所有権を無視して偽物商品を国の内外で売りさばいたり、進出企業に対する公正な法の適用に疑念を抱かせるような例があります。先日も商船三井が戦時中の問題で船を差し押さえられる事件が起きました。

 そんな中で、TPPは農産品五項目の関税問題ばかりに焦点が当てられていますが、実は貿易や投資をめぐるルール作りで非常に重要な意味を持っています。ルールが決まれば、破った国は罰を科される。それは中国も無視できません。貿易が互いに納得して成立する取引である以上、勝手なふるまいはできないからです。

 逆に言えば、日本が交渉に参加していなかったらどうなったか。日本抜きで決まるルールに従わざるをえず、非常に不利な立場に置かれたでしょう。ここだけみても交渉参加は不可避でした。

 中国もその点を理解してTPPに関心を示しています。では、中国はいまからでも参加できるでしょうか。日米はじめ政府はあからさまに言いませんが、実は答えは「ノー」です。

 なぜかといえば、中国は法の支配一つとっても未成熟で、改革しようとすれば、大変なエネルギーが必要になる。とても一朝一夕にはいきません。さらに、もっと根本的な問題もあります。TPPは貿易や投資の自由化だけでなく、実は安全保障や防衛問題にも関わっているのです。

 この点は安倍晋三首相がTPP参加を決めたときから指摘していましたが、新聞はあまり注目してきませんでした。

 どういうことかといえば、TPPの背景には「五つの理念」がある。自由と民主主義、法の支配、人権、それに市場経済です。交渉に参加している国はこれらの理念と制度を共有しています。

 中国に自由や民主主義、人権があるかといえば、それは控えめに言っても「限定付き」でしょう。市場経済はどうか。これも根幹は国家市場経済です。つまり、いまの中国はTPPの根本の価値観を共有できていないのです。

 それどころか、中国は南シナ海で「力による現状変更の試み」を続けてきました。領有権をめぐって争いがある岩礁に対する実効支配や最近のベトナム巡視船への体当たり、埋め立てもそうです。

 中国が傍若無人なふるまいを続ける限り、TPP参加はとても考えにくいし、むしろ安全保障、防衛の文脈でTPPは中国をけん制する役割を担うでしょう。

将来の集団安全保障も

 さらに将来を見渡せば、日米やカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどTPP参加国が中心になって、新しいアジア太平洋地域の集団安全保障を構想する時代も到来するかもしれません。

 いま日本が立っている場所は、そういう分岐点です。大きな構想力が試されています。

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