Torture, Racism and Disregard for the Rights of Children: America’s Troubled Moral History

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拷問、黒人差別、子供の人権無視・・・

根底にあるのは奴隷制度の後遺症?人権尊重を謳うアメリカは人権侵害だらけの国だった

2014.12.24(水) 川口マーン 惠美

「I can’t breathe(息ができない)」と、エリック・ガーナーさんは何度も呻いた。それでも、警官はヘッドロックを緩めず、数分で殺してしまった。7月17日、ニューヨーク州での出来事だ。

 ガーナーさんは、路上で煙草を違法販売しているのではないかと疑われ、ニューヨーク市警の4人の警官に取り囲まれ、ねじり伏せられ、「息ができない」と11回言って、死んだ。

 通りがかりの人が、その一部始終をビデオに撮って、ネットにアップした。ビデオを見ればわかるがガーナーさんは丸腰だ。手には何も持っていない。職業は庭師で、6人の子供がいた。黒人。

 一方、殺した警官は白人で、以前にも黒人に対して暴行を働いたことがあったという。ところが、12月3日、アメリカのニューヨーク州・スタテン島の大陪審は、この警官を起訴しないと発表した。

 大陪審の審議は非公開で、1日で済んだ。殺人はおろか、過失致死の疑いもなし。

根深い米国の黒人差別、警官による殺害だけでなく冤罪も

 ニューヨーク市警では、逮捕の際に首を絞めることは禁止されているし、監察医も殺人と認めている。そのうえ今回は、ファーガソンの件とは違い、一部始終を記録している証拠ビデオまである(不思議なことに、ビデオをアップした人は、数日後、別件で拘束された)。とても法治国家での出来事とは思えない。

 ファーガソンの件というのは、今さら説明する必要もないかもしれないが、8月に、黒人の青年、マイケル・ブラウンさんが、ミズーリ州のファーガソンで白人警官に射殺された事件だ。

 こちらも武器は所持しておらず、ホールドアップしながら射殺されたというが、11月24日、大陪審は射殺した白人警官を不起訴にした。それ以来、アメリカ全土で抗議デモが止まない。そこに、今回のガーナーさんを絞殺した警官の不起訴決定が重なり、デモはますます大きくなり始めた。

 また、この発表のあった12月3日は、オハイオ州の公園でおもちゃのピストルを持って遊んでいて、白人警官に射殺された12歳の黒人少年の埋葬日とも重なった。葬儀では担任の教師が、「彼は一度も学校を休んだことがなかった」と泣いていた。

アメリカの黒人差別は、私たちの想像を絶する。オバマ大統領は8日、デモの拡大を懸念してコメントを発表したが、それによると、アメリカには差別はまだあるので、それと戦わなければいけないとのこと。

 それでも、50年前よりはましになったのだそうだ。50年前といえば東京オリンピックの年だが、当時、ほとんどの黒人はまだ選挙権を持たなかった。黒人全員が選挙権を持ったのは1971年のことだ。

 もう一つ、人種差別に関するショックなニュース。11月21日、リッキー・ジャクソンという黒人が40年ぶりに刑務所から釈放された。40年前、ジャクソンさんは兄と共に殺人容疑で捕まり、無実を主張したが有罪となり、以後、ずっと監獄暮らしだった。兄の方は数年前に恩赦で釈放されている。

 この時の唯一の証言者は、当時12歳の少年だったが、現在52歳になったその証人が、実は自分は現場にいなかったということを告白して、ジャクソンさんの釈放につながった。警官にプレッシャーを掛けられ、嘘の証言をしたというが、それがばれて逮捕されることが心配で、40年間、告白できなかったそうだ。

 ジャクソンさんは、仏様のような穏やかな笑顔で、「証言者を憎んではいない。彼の幸運を祈る」とコメントしていた。アメリカでは、「黒人、男性、若い」の3条件が揃った人間は、自動的に警察に目を付けられるというから、無実の罪で囚われている黒人は、他にもまだまだいるのではないか。

10歳の子供に終身刑が言い渡されるアメリカ

 さらに、ショック度の高いニュースは、アメリカの子供の人権問題だ。国連の加盟国で、「子供の権利条約」を批准していない国が3国ある。ソマリアと南スーダンと、そしてアメリカ合衆国。

 アメリカでは、子供が大人と同じ法律で裁かれ、終身刑を受けることがまかり通っている。そのルポを見たが、はっきり言って信じられなかった。7歳の子供が、手錠と足にまで鎖をつけて裁判所に引き出されている姿を見ると、息が止まりそうになる。

 そのまま独房に入れられ、精神に異常をきたしていく子供も多いという。当然だろう。

 長年、これを改善しようと尽力している人々がいるのだが、一向に進まない。ルポの中でその1人が、「この子供たちを見ていると、ときどき大声で叫びたくなる」と言っていた。

 10歳ぐらいで終身刑を言い渡され、もう10年以上も留置されているという20歳すぎの男女のインタビューもあったが、1人残らず黒人だった。皆、恩赦の見込みはないという。

子供のときの過ちは、子供だけのせいではない。周りの環境が大きく影響する。しかも、罪を罪と自覚していなかった可能性もある。まだ人格も形成されていない頃に犯した罪で、人間としての権利を一生奪われるのは、不当なことだ。

 そうこうするうちに、数日前は、CIAが行っていた拷問の映像が暴露された。拷問は湾岸戦争のときにも問題になったが、アメリカは未だに変わらず我が道を行っているらしい。拷問ではなく、適当でない尋問の仕方だそうだ。

 ところが16日、この問題についてテレビ討論会で質問されたリチャード・チェイニー元副大統領は、「太平洋戦争中に日本軍はしばしば水責めなどの拷問を連合軍捕虜に加えたが、米国はそれを訴追しなかった。日本軍は、バターン『死の行進』や、泰緬鉄道建設工事での使役等々もっと酷い拷問を加え、大勢の捕虜を死なせた、また、南京では30万人の中国市民を虐殺するなどの罪を犯した。それらの罪で戦後旧日本軍の多くの将兵がB、C級戦犯として処刑された。だから特に水責めのことでは訴追しなかったのだ」などと述べたそうだ。呆れてものが言えない。

奴隷制度の後遺症が残る欧米諸国

 拙著『住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち』で、過去の奴隷制度がヨーロッパに残した影響について触れた。

 まずは、西ヨーロッパがスラブ地方から拉致して、アラブ世界に輸出していた奴隷。スレイブの語源はスラブだ。ただし、その歴史は世界史からきれいさっぱり削除されているので、ヨーロッパ人もほとんど知らない。

 もっと有名なのは、アフリカ大陸からアメリカへ連れて行かれた黒人奴隷だ。ヨーロッパから鉄砲や綿製品をアフリカに運んで黒人奴隷と交換し、その奴隷をアメリカに連れて行って売り払い、今度はそこで砂糖やコーヒーや綿花を積んで、またヨーロッパに戻った。この三角貿易で儲けていたのは、主に西ヨーロッパ人である。

 取引した奴隷はイギリスだけでも300万人といわれる。ビクトリア朝時代のイギリスの富裕層の20%が、奴隷貿易から潤沢な利益を得ていた。1833年、イギリス政府は奴隷貿易を禁止し、そのために不利益を被った奴隷のオーナーたちに2000万ポンドもの賠償金を支払った。奴隷に払ったのではない。

拙著で論じたのは、ヨーロッパにおける奴隷制度の後遺症だったが、最近になって、後遺症が重篤に残っているのはアメリカの方であると感じている。

 奴隷制度の基本は、常識で考えれば犯罪であることを、皆が上手に詭弁を弄して合法化し、奴隷は喋る家畜であると良心を傷めずに考えられるようにすることだ。その際、使用する法律は、奴隷で儲ける人々が作るのだから、フェアであるはずがない。

 私は、奴隷制度を持ち、植民地を持ち、アンフェアな法律でそれらを司っていた国の人々の心には、いまだにこの感情が残っているような気がしてならない。ただ、ヨーロッパ人は、その感情を隠すことが良識だと思っている。あるいは、本当にそんな感情はすでに持っていない人もいる。

 ちなみにドイツ人は、欧米のかつての列強の中では、人種問題において、一番差別感情が少ないのではないかと思う。彼らは20世紀になってからはかなり道を誤ったが、それ以前はそれほど積極的に奴隷貿易に加わっていなかったし、植民地獲得にも乗り遅れていたからである。

 ところが、アメリカでは、未だに露骨に差別がなされている。昨今の出来事を見ていると、法制自体が不平等であるようにも見える。この国が世界の警察を自認しているのは、卓越した軍事力にせいであり、道徳心とはあまり関係がないのだろうか。

 いずれにしても、アメリカは国内に未だにこれだけの人種差別を内包し、また、哀れな子供たちに更生のチャンスも与えず人権を奪っていながら、他国の人権問題に口をはさみ過ぎだ。自分の国の人権諸問題を改善するのが先ではないか。

 余計なお節介の前に、少なくとも刑務所の子供たちだけでもどうにかしてほしいと、私もまた余計なお節介をさせてもらう。イスラム国の退治よりも、ずっと簡単にできるはずなのだから。

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