【正論】西側同盟の価値を理解しているのか? トランプ氏の言動の不可思議さ 東洋学園大学教授・櫻田淳
櫻田淳
≪日本の世論を困惑させる発言≫
米国大統領選挙の共和党予備選挙でフロント・ランナーになっているドナルド・トランプ氏は、『ニューヨーク・タイムズ』(電子版、3月26日配信)のインタビューで、大統領に就任した場合、日本が在日米軍の駐留経費負担を増額しなければ撤退させる方針を明らかにした。このほかに、日本が中国や北朝鮮の「核」に対抗するために核保有に踏み切ることを容認する意向も示した。
トランプ氏の発言は、日本政府や日本国内世論を困惑させるものであろうけれども、特に右派層を中心として、それを歓迎する向きはありそうである。
トランプ発言は、第二次世界大戦後、日本が長く「対米従属」の状態に置かれたと見る層にとっては、その状態を脱して「対米自立」を促したもののように映るであろう。
そもそも、従来、日本における「対米自立」の証明と考えられてきた条件には、次の3つがある。即(すなわ)ち憲法改正、核武装、そして在日米軍の扱いを含む対米同盟の再考である。
まず、憲法改正の成否は結局のところ「日本側の都合」である。米国による占領下に現行憲法が制定されたとしても、「講和と独立」後に、それを改めなかったのは、日本国民の判断に拠(よ)る。
米国政府が従来、明示的に日本の憲法改正を邪魔していたはずはないので、それが成し遂げられなかったことを米国の責に帰すわけにはいかない。これは、「対米自立」うんぬんとは次元を異にする話である。
≪「自立」の議論は安直すぎる≫
次に、核武装に関しては、筆者は「核武装をすれば何とかなる」という発想それ自体が安直なものであると指摘しておく。
核武装うんぬん以前に、通常兵力体系の運用の仕方、情報収集の仕方を含めて、手掛けなければならないことは、軍事面だけでも多岐に渉(わた)っている。「唯一の被爆国」という立場に拠った従来の対外政策展開との「整合性」も問われる。核武装という選択の安直さは、そうした努力を省いていることにある。
また、核武装が「国家としての自立」の条件であるならば、たとえばドイツや豪州のような核武装を行っていない国々は、「国家としての自立」を実現していないのかという疑問も示されよう。
さらに、対米同盟の再考に関していえば、それが、同盟の「緊密化」と「希薄化」のどちらの方向を向いているのかと問われなければならない。
もし、「同盟の再考」が「希薄化」の方を向いているのであれば、次には、「それならば、安全保障上、日本は独りで中国や北朝鮮、あるいはロシアと相対するのか」と問われなければならない。
「自分の国は自分で守る」のは当然であるけれども、「自分だけで守る」というのは、現在の国際政治の実態には相いれない。
また、対米同盟の「希薄化」方向の再考には、「民族主義者」層だけではなく、左派層からも賛意が示されるかもしれない。
ただし、対米同盟の「希薄化」は、中国の海洋進出が加速する現下の西太平洋の情勢を踏まえる限り、「対米従属」の終わりではなく「対中従属」の始まりを画すかもしれない。対米「自立」を説く議論を簡単に信じるわけにはいかないのは、こうした事情に因(よ)る。
日本は、憲法改正を実現させて「普通の国」と相成ったとしても、それでも米国を中軸とする「西側同盟ネットワーク」の一翼を担い続けることになるのであろう。それは、「緊密化」方向の「同盟の再考」の究極形である。おそらくは、安倍晋三首相を含めて自民党の大勢が考えているのは、この方向であろう。先般、施行された安全保障法制もまた、対米同盟の「緊密化」の論理の下で制定されたものである。
≪国際秩序の混乱が生まれる≫
トランプ氏の言動における最たる不可思議は、その「西側同盟ネットワーク」の価値を、彼が適切に理解しているのかが分からないということにある。彼の言葉からは、「西側同盟ネットワーク」に関わる「負担」ばかりが強調されているけれども、それから得られる「利益」や「便益」は、どのように認識されているのか。
もし、彼が語っているようなことが現実の風景になれば、彼が標榜(ひょうぼう)する「強い米国」の基盤は失われ、彼が自明のものと考えているかもしれない「米国の豊かさ」の条件も怪しくなる。米国の対外関与における「責任や負担」と対外「影響力」が表裏一体であることが、彼には理解されていないようである。
故に筆者は、トランプ氏の登場に期待し、便乗して何かをしようという発想それ自体が、極めて筋悪なものであると指摘しておく。
彼の登場が日本に提供するのは、今後に彼が「君子豹変(ひょうへん)」を果たさないのであれば、対米自立の「機会」などというものではなく、国際秩序全般の「混乱」に応対する日々なのであろう。(さくらだ じゅん)
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