米国はいまも世界で最も影響力を持つ国だ。その地位にふさわしい大統領に誕生してもらいたい。ヒラリー・クリントン前国務長官にはその資質があるが、不安もある。リベラル層の支持固めを狙うあまり、左派寄りの政策が目立つのだ。本命候補らしく、奇をてらわない選挙戦を期待したい。
「あと一歩」。クリントン氏を大統領候補に正式に指名した民主党大会はこんな歓声に包まれた。共和党のドナルド・トランプ候補に勝ちたいというだけでなく、米国初の女性大統領の誕生まであと一歩という感慨にあふれていた。実現すれば、世界の女性の地位向上に一助となる。
もっとも、いちばん大事なのは男か女かではなく、世界のリーダーに必要な見識と実行力を備えているかどうかだ。オバマ政権のアジア回帰政策のけん引役となったクリントン氏に日本や東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の期待が集まるのは当然である。
民主党大会で採択した政策綱領には「アジア太平洋の同盟国との関係深化」が盛り込まれた。特に日本に関しては「歴史的な責務を果たす」と付言した。オバマ政権が明確にした「沖縄県の尖閣諸島は日米安全保障条約の範囲内」との方針を継承するという意味だ。この一文がアジアの安保に与える影響は大きい。
懸念されるのが、環太平洋経済連携協定(TPP)への取り組みである。TPPに前向きだったティム・ケーン上院議員が副大統領候補として登壇すると、「TPP反対」のプラカードが振られた。その声に押されてか、クリントン氏は指名受諾演説で「不公正な貿易協定に反対する」と力説した。TPPにはトランプ氏も反対しており、先行きはかなり危うい。
本当にそれでよいのか。米国が産業の空洞化に苦しんでいるのは事実だが、自由貿易の発展で得るものは失うものよりも大きいはずだ。グローバリズムの弊害をどう乗り越えるかは欧州をはじめ世界的な課題である。米国はむしろ市場経済の旗手であるべきだ。
クリントン氏の公約には(1)最低賃金の15ドルへの引き上げ(2)大学授業料の無償化に努力――など左派に引きずられ、実現性に疑問符の付くものが少なくない。これではクリントン氏が勝った場合でも政権運営は容易ではあるまい。世界の安定にきちんと目配りする大統領候補になってもらいたい。
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