May Japanese-American Relations Come to Fruition in the New Era

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≪意思疎通の深まりを示す証左≫

 日米関係の歴史において画期的なことが始まろうとしている。

 まず間もなく、安倍晋三首相がワシントンを訪れ、日米首脳会談が行われる。20カ国・地域(G20)の議題や2国間の通商問題が話し合われよう。

 そして5月、トランプ大統領は国賓としてわが国を訪問し、新しい天皇陛下と初めて会談する海外の首脳となる。大統領による大相撲観戦も検討されているという。6月には大阪でG20サミットが行われる。トランプ大統領は再び訪日し、その際には米中首脳会談が世界の注目を集めることだろう。

 この間、何と3カ月連続で日米首脳会談が行われることになる。そもそも米大統領が2カ月連続で同じ国を訪問するのは異例だ。これほどまでに日米関係が緊密であったことがあっただろうか。

 もちろん両国関係が平穏なわけではない。日米通商協議では貿易不均衡や自動車、農産物などが課題となっている。中国の影響力拡大にどう対応するか、特に次世代の通信規格「5G」などの技術開発にいかに取り組むか、はたまた北朝鮮の核やミサイルの脅威をどう取り除くかなど、緊急に意見をすり合わせるべき議題も多い。

 他方、日本政府が使っていた「自由で開かれたインド太平洋」という言葉が、今では米国の外交戦略として定着していることは、日米の意思疎通がいかに深まっているかの証左であろう。

 ≪「戦略を語れる相手」に近づいた≫

 これを平成初期と比べればその差は歴然としている。当時、海部俊樹首相とジョージ・ブッシュ(父)大統領はやはり良好な関係だといわれたものだ。ただし当時の日米関係は、背筋が寒くなるようなことばかりであった。

 平成2年夏に起きた湾岸危機では、日本の対応は「ツーリトル、ツーレイト」と非難され、130億ドルもの財政支援をしたものの、ほとんど感謝されなかった。そこで日本も国際貢献を、との声が高まったが、カンボジアの国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣するだけでも難問続出であった。

 経済面では日本の巨額な貿易黒字が焦点となり、系列取引など独特の企業慣行が問題視された。あの頃の「日本異質論」は、ちょうど今の対中国批判に通じるところがある。日本に対して内需拡大や規制緩和を求めた日米構造協議は、今から思えば内政干渉に近い強引な手法であった。

 しかし平成の30年と4カ月はいろんな意味で日本を変えた。安全保障面ではポスト冷戦時代への備えとして、周辺事態法など有事法制の整備が進んだ。

 イラク戦争では「ショー・ザ・フラッグ」ということで、自衛隊の海外派遣も行われた。1人の犠牲もなく撤収できたときにはホッとしたものである。

 さらに特定秘密保護法、集団的自衛権といった問題をクリアしたことにより、日本は米国から見て「共に戦略を語れる相手」に一歩近づいた。これだけの変化が現行憲法の枠内で進んだことは、大いに評価してよいのではないか。

 ≪和解を達成し戦争にけじめ≫

 経済面も同様である。平成当初のバブル経済は崩壊し、日本経済は世界にとっての「脅威」でなくなった。それだけではなく今日のグローバル経済において、日本が「異質」だとみられることはほとんどなくなった。もちろん長期雇用慣行など「日本型資本主義」の特色は残っている。それでも一企業に取締役が数十人もいるとか、系列企業から部品を他所より高く買うといった「昭和の経営」を続けていれば、海外より先に株主から文句を言われることだろう。

 思えば平成初期の日本経済では、持ち株会社もなければ自社株買いもできなかった。平成の日本経済では細かな制度改革がいくつも同時進行し、30年の月日は日本企業の行動様式を大きく変えた。

 平成の日米関係史を振り返る際に、特筆せねばならないのはプロ野球が果たした役割である。先月、われわれはイチロー外野手の現役最後の試合に感動した。長きにわたる彼の活躍は、日米双方で多くのファンを獲得してきた。

 しかし日本人選手による本格的なメジャーリーグ挑戦は、平成7年の野茂英雄投手をもって嚆矢(こうし)とする。それが今日では、かつて仰(あお)ぎ見る存在であったメジャーが、日本の若い球児たちのリアルな目標となっている。

 平成には、日米の和解のセレモニーが行われたことも忘れてはならない。安倍首相による米議会上下両院合同会議での「戦後70年」演説、オバマ大統領の広島訪問と献花は心に残る。戦争にけじめを、と日米の相互献花外交を説いたジャーナリスト、松尾文夫氏は2月にこの世を去ったが、「平成のうちに間に合ってよかった」と思っているのではないだろうか。

 間もなく令和の時代が始まる。平成の日米関係を、いかに引き継いでいくか。きっと新たな課題が待ち受けていることだろう。

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