The Dangers of Stakeholder Primacy

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株主資本主義の母国である米国で、このところ株主に対する風当たりが強まっている。米経営者の集まりのビジネス・ラウンドテーブル(BR)は8月半ばに企業統治についての基本方針を22年ぶりに改定した。従来の「株主ファースト主義」を見直し、顧客や従業員、取引先、地域社会などその他の関係者も等しく重視する「ステークホルダー主義」を打ち出したのだ。

政治の側でこうした動きに連動ないし主動するのが、次期大統領選の民主党候補の指名争いで支持率トップに立ったエリザベス・ウォーレン上院議員だ。資本主義のひずみの是正を訴える同氏は「アカウンタブル・キャピタリズム・アクト(ACA=社会的責任を伴う資本主義法)」の成立をめざしているが、その中には(1)取締役会のメンバーの4割以上は労働者の代表が占める(2)経営者や会社幹部の株価連動報酬を大幅に制約し、経営者の利害と株主の利害を切り離す――などの項目が並んでいる。仮にこれが法制化されると、その影響は計り知れないだろう。

ウォーレン上院議員はBRのメンバーである有力経営者にも自らの言葉を行動で示すよう迫っている。JPモルガン・チェースやアマゾン・ドット・コム、AT&TなどBRの新方針に署名した有力企業10社の最高経営責任者に書簡を送り、「あなたたちが自分の約束(BRの新方針)に忠実であるなら、ACAへの支持を表明すべきだ。どうするのか10月25日までに返事が欲しい」と要求した。

かと思えば、全米自動車労組(UAW)は9月半ばからゼネラル・モーターズ(GM)の工場でストライキに突入した。工場閉鎖の是非などをめぐって労使の隔たりは大きく、ストは長期化している。GM工場のストは12年ぶりで、リーマン・ショック以降では初めてだ。

株主や資本に対する「社会」の側からの一連の反撃にはそれなりの理由がある。配分のゆがみだ。ウォーレン上院議員によると、1980年代初期には、米国の大企業の株主還元は利益の半分以下にとどまり、残りは再投資や労働者の賃上げなどに回していたが、今では利益の93%が株主に還元されるようになった。他方で上位10%の富裕層が株式の84%を所有し、下位50%の世帯はまったく株式をもっていない。この結果、猛烈な勢いで貧富の格差が拡大しているという。

ただ、こうした問題意識は理解できるとしても、BRやウォーレン氏の唱える「ステークホルダー主義」のような多元主義がはたして現実に機能し、問題の解決になるだろうか。

ここで想起したいのはかつての国鉄だ。国鉄の振る舞いはステークホルダー主義の視点からすれば、満点とは言えないとしても、それなりの点数がつくのではないか。まず環境面では(乗客の極端に少ないローカル線を別にして)乗用車やトラック、飛行機など他の輸送モードに比べて、排出する二酸化炭素(CO2)は桁違いに少ない。

働く人に対しても優しく――というよりも実態は労働組合が強力で、国鉄当局の合理化の試みの多くが失敗に終わったのだが――1965年に46万人だった職員数は80年にも41万4千人とさほど減らなかった。この間、国鉄は赤字を垂れ流し、累損が雪だるま式に膨らんだにもかかわらずだ。

微妙なのは顧客(乗客)との関係だ。73年にはいわゆる順法ストによるダイヤの混乱にいらだった乗客が埼玉県の上尾駅で暴れたほか、76年には赤字の増大に耐えかねて運賃を一気に5割上げて利用者の不興を買った。一方では収支改善の見込めない多くの赤字ローカル線を維持し、地域社会やその沿線住民には貢献したともいえる。

一番割を食ったのは国鉄の所有者だった国(民)だ。80年代の国鉄末期は毎年1兆円を超える経常赤字を計上し、その最終的なツケは24兆円の国民負担となった。日本人一人ひとりがおよそ24万円の負担を背負わされたのだ。

民間企業でいえば、その企業の提供する商品は環境に優しく、働く人にとっても居心地のいい職場である。多くの顧客は値段やサービスに不満だが、一方で「その商品がなければ生活できない」という昔からのひいき客(ローカル線沿線の人々)もいる。ただ収支は最悪。株式はいずれ紙くず化するのが必定で、企業の所有者である株主(国鉄でいえば国)にはメリットがない。

利益の多寡で会社の価値を判断する株主主義の立場からすれば、「こんな会社に存在価値はなく、改革して収益を立て直すか、それが無理なら破綻処理するしかない」というシンプルな結論になる(実際の国鉄も分割民営化という実質的な破綻処理を施された)。

ところが、多元的なステークホルダー主義を採用すると、評価が一義に定まらず、この企業はいいとも悪いともつかない判断不能の状態に陥らないだろうか。ステークホルダー主義の理想は美しいが、現実への適用には様々な課題がある気がする。

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