・トランプ米政権は北朝鮮問題を解決しようと、貿易問題を絡めて中国に協力を求めた
・米国は中国抜きで北朝鮮との直接対話にシフト。中国は経済援助をてこに巻き返し
・米朝協議は事実上決裂。米国との貿易紛争を受けて、中国も北朝鮮問題で「報復」
■歴史的会談もいまや
「シンガポール会談は、米政府内ではタブーだよ」
今秋会ったホワイトハウス高官は、自嘲気味に語った。史上初の米朝首脳会談の実現は、トランプ米大統領の「レガシー」になるはずだったのに、否定的な見方が強まっているという。
2016年の大統領選でトランプ氏は、貿易交渉で中国に強い態度で臨むことを重要公約として掲げた。一方、北朝鮮にはほとんど言及しなかった。ところが、就任後はミサイル発射や核実験を繰り返す北朝鮮に危機感を抱いた。そんな中、中国から協力を引き出そうと、貿易問題と絡めた「ディール(取引)」を持ちかけた。
「北朝鮮問題を解決してくれれば、米国との貿易合意も良くなると説明した」。17年4月、習近平(シーチンピン)・中国国家主席との初会談の後で、トランプ氏はこのようにツイートした。中国もその後応じ、北朝鮮間の税関の検査強化に加え、国境警備を強めるようになった。
トランプ氏は、北朝鮮政策の見直しにも着手した。17年5月にはポンペオ中央情報局(CIA)長官(当時)に専門組織「朝鮮ミッションセンター」を設けるよう指示し、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の性向を割り出す「プロファイリング」に着手した。
北朝鮮との交渉に直接かかわる米政府幹部によると、正恩氏と会ったことがある200人以上から意見聴取。その結果、正恩氏について「欧米文化にあこがれを持ち、経済発展の優れている点も理解している人物」と分析。「米国が中国の代わりに体制存続の後ろ盾になると提案すれば、応じる可能性が高い」と結論づけたという。
トランプ政権はこうした分析も踏まえ、中国の影響力を排除し、北朝鮮との二国間協議に乗り出す方向にかじを切る。背景には、中国への不信もあった。当時、安全保障担当の大統領補佐官だったハーバート・マクマスター氏は「中国は多くの約束をしてきたが、ほとんどが実行されていない。多国間協議も失敗を重ねてきた。北朝鮮との直接対話こそが、成功する可能性が最も高いと判断した」と説明する。
■中国巻き返し図るが
米国で、北朝鮮との交渉を担ったのは朝鮮ミッションセンターの責任者のアンドリュー・キム氏だ。何度もソウルや平壌を訪れ、対話を重ねた。キム氏は、韓国大統領府で北朝鮮と交渉をしている鄭義溶(チョンウィヨン)・国家安保室長とも親戚だ。18年3月に鄭氏が、正恩氏のメッセージをトランプ氏に手渡し、初めての米朝首脳会談が決まった。
加速する米朝の直接交渉を前に、中国は巻き返しを図る。習主席は18年5月、遼寧省大連で正恩氏と会談。中国情勢に詳しい米外交当局者によると、北朝鮮に化学肥料や食糧を援助し、農業生産支援や観光客を増やすことで合意した。中国税関総署の統計では、同年6~9月に16万トンの肥料と1千トンの米が中国から北朝鮮に無償援助された。
この会談後の5月22日、トランプ氏は記者団への発言で中国と北朝鮮の接触に触れ、「少しがっかりした。正恩氏の態度が少し変わったと思う。そのことが気にくわない」と述べた。その2日後には、米朝首脳会談の中止を発表。先の米政府幹部は「米国と中国のどちらを選ぶのかという、正恩氏への通告だった」と説明する。
北朝鮮はその後、米側と再び対話を開始し、6月12日にシンガポールで初の米朝首脳会談が実現した。
■大統領選近づき変心
米朝首脳会談はシンガポールに続き、19年2月にハノイで開かれたが、非核化に向けた合意はできなかった。現在も、米朝間で合意の道筋は見えず、直接交渉は行き詰まっている。米国務省で6者協議担当大使を務めたジョセフ・デトラニ氏は「経済的に深い関係がある中国は、北朝鮮問題の解決に欠かせない存在。中国外しは現実的ではない」と語る。
一方、米国が中国の協力を得ることも困難になっている。18年7月以降、トランプ政権は中国からの輸入品計2500億ドル(約28兆円)に制裁関税を発動。中国も報復関税をかけ、本格的な貿易紛争に発展した。
そんな中、中国も北朝鮮との関係を逆手にとり、米国を牽制(けんせい)してきた。習氏は今年6月、国賓として初めて訪朝。両国の連携強化を内外にアピールした。8月下旬に北京を訪れた河野太郎外相(当時)に同行した日本政府関係者によると、中国の王毅(ワンイー)外相は会談で「米国は貿易問題だけではなく、台湾や香港を巡っても我が国への圧力を強めている。朝鮮半島の非核化の過程を巡る我が国の政策にも悪影響が避けられない」と述べたという。
北朝鮮に詳しい中国軍当局者は「北朝鮮問題で協調したにもかかわらず、貿易戦争を仕掛けてきた米国に報復するのは当然だ」と強調する。米国のカート・トン前香港総領事は「安全保障と貿易問題を結びつけると、米中間の不信が増して事態が複雑になる」と指摘する。
一連の経緯を通じて浮かぶのは、トランプ政権の対中戦略が確立されていないことだ。当初は「貿易カード」を手がかりに北朝鮮問題での協力を迫りながら、一転して北朝鮮との直接交渉に乗り出した。貿易戦争もしかけているが、来秋の大統領選が近づくにつれ、成果を急ぐトランプ氏は貿易協定締結を優先させるようになった。
米中両国の通商交渉は今月13日、関税引き下げなどで合意したものの、中国政府による産業補助金や知的財産の問題は先送りされ、火種はくすぶる。一方、北朝鮮は米朝協議の期限とした12月末に向け、挑発を強めている。北朝鮮との対立が再び深まった場合、米国が取れる選択肢は少ない。
Leave a Reply
You must be logged in to post a comment.