Prime Minister Must Forge Relationship of Trust with US President

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≪幻の米朝秘密会談≫

 2018年2月7日、ペンス米副大統領は首相官邸を訪れ、安倍晋三首相(当時)と会談した。その後、共同記者会見で両者は、「北朝鮮が非核化に向けた真摯(しんし)な意思と具体的な行動を示さない限り、意味のある対話は期待できない」との見解を発表した。ペンス氏は「北朝鮮に最も厳しい制裁をかけ続ける」と明言した後、9日に韓国を訪問し、平昌五輪開会式に参加した。そこには韓国の文在寅大統領の招待で、北朝鮮から金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正氏らも出席していた。

 当時知られていなかったことだが、実はペンス氏はトランプ大統領の指示により北朝鮮側と秘密裏に会談を予定していた。だが対北朝鮮強硬発言が問題視され秘密会談は開始予定時刻の約2時間前に中止となったという。米ワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード編集主幹が新著『RAGE』で紹介したエピソードである。結果的にペンス氏と安倍氏は共同記者会見を通じトランプ氏の意向を事実上、押し切ったといえる。トランプ氏の予測困難な動きを、安倍首相と日米両政府の高官が協力しあって制御した形だ。

 「将軍野郎どもは弱虫ばかりだ。やつらは同盟関係を気にするけど貿易交渉など気にも留めていない」。17年、トランプ氏が側近に述べた発言も先の著作に紹介されている。中でも彼は、米国の同盟国の韓国に対して容赦ない。

 18年、ポンペオ米中央情報局(CIA)長官(当時)が平壌を訪問した際、金正恩氏は側近を通じて、米韓合同軍事演習の継続を容認する意向を米側に明確に伝えていたという。だが6月、シンガポールで第1回米朝首脳会談を終えた直後、トランプ氏は記者会見で突然、合同軍事演習中断の意向を発表した。演習に伴う多額の費用を問題視したためだ。韓国との事前協議などない。その後、軍事演習の規模は縮小され、米韓両軍の即応体制への悪影響すら懸念されつつある。他方、北朝鮮は合同軍事演習の継続を約束違反とみなし、今やその中止を米朝交渉再開の前提条件に含めている。

 ≪北朝鮮の思惑は≫

 トランプ氏の訪韓の際、在韓米軍司令官は韓国側が在韓米軍基地の経費の90%以上を負担し、多額の米国製兵器を購入している実情を説明したが、トランプ氏の「カネ」への執着は揺るがなかった。

 対北朝鮮交渉に関わった複数の元米政府高官によると、北朝鮮は在韓米軍の撤退を望んでおらず、むしろ中国に呑(の)み込まれないよう、対中牽制(けんせい)カードとして米軍駐留継続を望んでいた。先の著作によると、ポンペオ氏も金正恩氏から在韓米軍の話を受けたことはなく、金氏の希望は米軍駐留の継続と米側は結論付けたという。

 他方、トランプ氏は、韓国側が在韓米軍駐留経費の負担大幅増を呑まない場合、米軍撤退の意向すら赤裸々に側近たちに繰り返してきた。「世界中が俺たちを利用してきた」「今こそ変える時だ。俺は喜んで韓国から出ていく」

 日本にとっても他人事ではない。トランプ氏は今後、在日米軍駐留経費等、日本側の負担の大幅増も要求するだろう。安倍政権はトランプ氏の予測不可能な行動を首脳同士の個人的関係を通じて制御してきた。菅義偉新首相は彼の行動を制御できるだろうか。

 先述の著作ではトランプ氏が金正恩氏と会談の際、世界中のメディアのカメラに囲まれ興奮していた様が見て取れる。著者が米朝首脳会談の中身について質問を繰り返しても、トランプ氏は米朝首脳が握手する写真を「良い写真だ」と何度も自画自賛してみせた。彼は首脳会談の中身よりも、自身のメディアへの露出度の高さと、金氏との友情関係を自慢する。

 ≪日本の最重要外交課題≫

 国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたボルトン氏によると、トランプ氏は外国首脳との個人的関係と、米国と交渉相手国との国家間の関係をいつも混同して区別できないという。ゆえにトランプ氏は金正恩氏と良好な個人的関係さえ築けば、米朝関係は良好になると信じている。

 これを逆手に取れば、日本の首脳もトランプ氏と緊密な関係を築くことが最重要ということだ。菅政権にとって最重要の外交課題とは、首相と米大統領との「友情」関係の構築である。誰が米大統領になろうとも、日本はしなやかに対応しなければならない。「米国はいつも日本の味方」と楽観してはならない。日本政府が一丸となって米大統領に関与すべきだ。

 トランプ政権下でCIAコリア・ミッションセンター長を務めたアンドリュー・キム氏によると、北朝鮮は、米新政権の発足後できるだけ早期に交渉を開始すべきだと考えているという(先の著作から引用)。対米交渉には時間がかかるが、米大統領の任期は4年しかない。政権が代われば、それまでの交渉は反故(ほご)にされかねない。

 11月の米大統領選を受けて米朝関係が急速に流動化しても、日本は柔軟に対応できるように早急に備える必要がある。(ふるかわ かつひさ)

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