世界に民主主義の価値を唱えるためには、米国自らが足元のゆがみを正すべきだ。歴史の過ちを繰り返してはならない。
米国で選挙をめぐる法の制定が相次いでいる。郵便投票や期日前投票で身元確認を厳しくしたり、投票できる期間や場所を減らしたりする動きが目立つ。
主に困るのは、黒人や中南米系などの少数派だ。白人に比べ、運転免許証などの身分証を持つ割合が低い。また、長時間働く低所得層も、投票しにくくなる。
こうした措置は、議会で共和党が多数を占める州で顕著になっており、50州のうち少なくとも17の州で法律ができた。
「不正投票を防ぐため」とするが、不正が横行している事実はない。民主党を支持する傾向が強い少数派や弱者を締め出すねらいは明らかだ。
米国には、参政権をめぐる負の歴史がある。黒人に権利が認められたのは、南北戦争後の1870年だった。
その後も一部の州では読み書きテストや投票税を課し、巧妙に黒人の投票を妨げる差別が1960年代まで続いた。再び相次ぐ措置も、その歴史の汚点と重なってみえる。
背景には、トランプ前大統領の存在がある。郵便投票や期日前投票が増えた昨年の大統領選を不正と決めつけ、「選挙が盗まれた」と主張している。
身勝手な言い分で大衆扇動を続けるトランプ氏に対し、共和党はいまも関係を見直せずにいる。むしろ根強い人気にあやかろうと同調する有り様だ。
連邦議会の襲撃事件に絡み、トランプ氏を批判した共和党の下院議員は、幹部ポストを解任された。まともな党内論議も排除する共和党は、自由の大義を説いたリンカーンの流れをくむ政党なのか、自省すべきだ。
米国に限らず世界でも、選挙の結果や新政権の正統性を否定する混乱が各地でみられる。ミャンマーでは総選挙後に国軍がクーデターを起こした。自らに都合の悪い選挙結果を受け入れず、不正と断じるのは、トランプ氏の主張にも通じる。
公平で公正な選挙は民主主義の根幹だ。不正が許されないのは当然だが、党利党略のために制度を改変する行為は政治不信をいっそう深める。米国の場合、国内の分断をさらに深刻にさせるのは必至だ。
「専制主義との闘い」をバイデン米大統領は掲げ、中国を最大の競争相手としている。ならば、中国はしばしば、米国内の差別や政争を人権問題の反論に使っている現実を思い起こしてほしい。民主主義の優位さを世界が再認識するには、米国政治の立ち直りが欠かせない。
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