Election Obstacle to ‘Historic Agreement’: Biden’s Path Unclear after Initial Progress

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「歴史的合意」に選挙の壁 バイデン流、初速に陰りも 

本社コメンテーター 菅野幹雄

「発足半年で400万人を超す雇用を生んだのは史上初だ。経済成長は40年来で最高、失業率は疫病の襲来以来で最も低い」。6日、非農業部門の就業者の増加が市場予想を上回る94万人となった7月の雇用統計を受け、バイデン米大統領は経済の実績を強調した。

同盟関係を壊したトランプ時代からの強い「揺り戻し」は、米経済に加えて世界秩序の潮流を一気に変えた。引き下げ消耗戦を反転させる15%以上の法人税の最低税率は20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で「歴史的な合意」に達した。先進国から新興国まで脱炭素の意志を示す気候変動サミットも米国が仕掛けた。

5カ月前、当欄で私は多国間主義(マルチラテラリズム)を蘇生させる「最後の好機」が来たと指摘した。勢いは想像以上に強い。「法人課税で迅速にG20の合意がまとまるとは大多数の人にとって予想外だ」。国際協調の流れを長年見てきた米戦略国際問題研究所(CSIS)のマシュー・グッドマン上級副所長は舌を巻く。

だが順風は長く続かない。米国と世界秩序の修復は骨の折れる上り坂にさしかかる。民主主義の国々の宿命である「選挙」の2文字が、壁として立ちはだかる。

バイデン政権の経済運営、不支持が上回る

米世論の目がじわじわと厳しくなってきた。米各種世論調査でバイデン大統領の支持率は当初の55%から50%近くに下がり、不支持率との差は3分の1に縮まった。

米経済が6%台の成長を続けるなか、米キニピアック大の調査でバイデン政権の経済運営には支持43%、不支持48%と不支持が上回った。家計への現金給付など1.9兆ドル(約210兆円)規模の「米国救済計画」が評価を得たが、政権発足時の初速は鈍り、挽回する手段も乏しくなりつつある。

バイデン氏が掲げたインフラ投資策は増税などに抵抗する共和党との調整に手間取った。規模を1兆ドルに絞った超党派法案が10日に上院で可決したものの、子育て支援や富裕層への増税などの政策は民主単独での対応を迫られる。

国際協調を目指す温暖化対策や法人税制では「悪魔は細部に宿る」(グッドマン氏)。必要な条約や法律の改正が不調に終われば、どんな立派な合意もただの紙切れになる。追撃する共和党がすんなり敵に塩を送るとは考えにくい。

2022年11月に来る中間選挙の投票日が今だったら、与党は議会下院の過半数を失う――。選挙対策を担う民主党幹部が、50近い激戦区で共和党候補に大きく先行を許しているとの危機感を示したと、米紙ポリティコは伝えた。

メキシコ国境で急増する移民を巡る混乱。巨額の財政支出で作り出す「高圧経済」の副産物である物価高の傾向。共和党はバイデン政権の弱点を突く。選挙アナリストのチャーリー・クック氏は「リベンジに燃える共和党は動機づけの点で有利。民主党は厳しい応戦を迫られる」とみる。共和党は18年の中間選挙から議席数が過半数を割る下院、20年の選挙で民主と同数となり優位を失った上院の勢力をともに奪還しようと躍起だ。

日独仏は逆風下で選挙

他の主要国も政権への向かい風のなかで選挙の季節を迎える。

9月26日に連邦議会(下院)選挙を控えたドイツでは、16年の在任を終えるメルケル首相の引退で生じる指導力の空白が気がかりだ。中道右派の後継首相候補であるラシェット氏は洪水被害の現場視察で無神経な笑顔をさらし、信頼を落とした。世論調査では同氏への支持は、緑の党のベーアボック共同党首と同じ13%と低迷する。「メルケル後継」にふさわしい強いリーダーは不在だ。

フランスはマクロン大統領の苦闘が続く。6月の地方選挙での与党「共和国前進」の大敗や新型コロナウイルス対策への国民の反発など、来年4月の大統領選挙での再選に不安要因を抱える。

日本も東京五輪の直前に始まったコロナ感染者の急増、そして二転三転する政府の対応への不満から、菅義偉首相の支持率が一部の世論調査で危険水域といえる30%を割った。11月までに実施する衆院選へ重い雲が垂れこめる。

10月に正念場を迎える国際政治

国際的な合意を首脳レベルで仕上げる時期が10月に訪れる。30日からイタリアで開くG20サミットは法人課税ルールでの最終合意、31日に始まる英グラスゴーでの国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)は地球規模の温度上昇を避ける温暖化ガスの排出削減策を多国間で詰める正念場だ。

だが、選挙を控えた政権リーダーの足元がおぼつかない状況では、いかなる歴史的な合意も実行へ大きな障害を残す。

世界はコロナ禍で増幅された分断と不満の渦の中にいる。英国での主要7カ国首脳会議(G7サミット)は発展途上国への10億回分のワクチン提供で合意したが、デルタ型の脅威から先進国が模索する3回目接種は、新たなワクチン争奪を招きかねない。世界経済は回復基調にあるが、途上国と先進国の格差は拡大する一方だ。

民主主義体制に選挙の試練が続くなか、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は22年秋に開く共産党大会で3期目をうかがう。

フランス・モンテーニュ研究所のドミニク・モイジ特別顧問は「習氏のもとで深く団結する中国をよそに、内外に巨大な課題を抱えた米国はまるで『2つの国』のように深く分断している。深刻な事態だ」と嘆く。バイデン氏の米国と、寄り添う同盟国に「民主主義対専制主義」で避けて通れない難路が待ち受けている。

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