「メキシコ、お前もか」、中国に“裏庭”を荒らされるバイデン政権
米州首脳会議のボイコット続出が映した米国の求心力低下
メキシコ大統領まで会議をボイコット
6月6日の週に米州首脳会議(Summit of the Americas)が米ロサンゼルスで開催された。北米、中米・カリブ、南米諸国の首脳が参加する会議であり、1994年、当時のクリントン政権の提唱により米マイアミで1回目の会議が開催された。以降、3年に1度のペースで各国が持ち回りでホスト国を担ってきた。米国での開催はマイアミ以来、実に27年ぶりであった。
中南米はよく「米国の裏庭」とされる。地理的にも近い米国の影響力が特に強い地域だ。その首脳が集まる米州首脳会議で今年は異変が起こった。各国のボイコットが続出したのだ。
民主主義や人権の尊重を参加条件とするバイデン政権は、共産主義のキューバや独裁政権のベネズエラ、ニカラグアのリーダーの招待を見送った。会議当日にロサンゼルス市街でこれらの国々に対する抗議活動が行われているのを見る限り、やはり招待は難しかったと想像できる。
だが、この3カ国を招待しないことに反発する国が次々と現れた。メキシコのロペス・オブラドール(AMLO)大統領をはじめ、中米のホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルの首脳が相次いで不参加を表明した。いずれの国も貧困や治安問題を背景に米国への移民が絶えず、米国の移民政策で重要な鍵を握っている。
なかでも大きな痛手となったのはメキシコ大統領の不参加だ。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA、旧NAFTA=北米自由貿易協定)を通じて、米国とのあいだで強固な経済関係を築いてきた米州の大国。そのメキシコ大統領の不参加は中南米における米国の地位の変化を印象づけた。
それだけではない。出席したリーダーからも米国への厳しい声が出た。チリのガブリエル・ボリッチ大統領も訪問先のロサンゼルスにて「米国が特定の国を排除すれば、結局はそれらの国のリーダーが自国で取ってきた行動を強めるだけだ」と批判した。左派政権のボリッチ大統領とはいえ、中南米地域では最も民主主義が浸透しているチリの首脳からも批判を受ける形となった。
今回の米州首脳会議で表面化したわけだが、近年、米国は中南米地域でその求心力を失いつつあった。
米国政府の長年にわたる同地域への「無関心」がその原因の一つといえる。NAFTA創設と同年の1994年、マイアミで開催された米州首脳会議で、クリントン大統領(当時)が米州全域(キューバ除く34カ国)をカバーする「米州自由貿易地域(FTAA)」構想を打ち出した。中南米に対する米国の影響力がピークだったのはその頃だ。
後を受けたブッシュ政権(息子)やオバマ政権は、中東やアジア地域を軸に外交政策を展開した。相対的に中南米への目配りは弱まった。そして「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ前政権にいたっては、移民制限の強化を除くと、全くといっていいほど中南米政策は存在しなかった。
「一帯一路」には中南米21カ国が署名
2021年に発足したバイデン政権も「無関心」を続ける。現政権の誕生で中南米諸国の間では、ある程度の期待は高まったと思われる。いや、トランプ大統領以外であれば誰でも多少の期待を持ったであろう。
しかし、蓋を開けてみれば民主主義や人権の尊重、移民、環境など、米国の価値観を押し付けることはあれど、コロナ禍で経済に多大な影響を受け、どん底から這い上がれずにいる中南米諸国にとって「メリット」を感じるような政策は今のところ皆無といっていい。
そんな中に割って入ったのが中国だ。
米国と反比例するように、中南米地域では経済や外交面で存在感が増している。経済支援や貿易はどんどん拡大し、米国と違って民主主義や人権などで注文はつけない。
中国が推し進める「一帯一路」イニシアチブに参加する中南米諸国は年々増えており、2022年5月時点で21カ国が署名している。中国企業によるエネルギーや運輸・交通などのインフラ部門や鉱物資源部門などへの投資が目立つ。
特筆すべきは米国の制裁で苦しむキューバやベネズエラとの関係強化の動きである。中国はキューバの港湾施設や電力網への投資を進め、ベネズエラにも惜しみなく融資を続けている
ブラジル最大の貿易パートナーは中国に
中国政府は関与を明らかにしていないが、米国を中心に築いたパナマ運河に対抗する形で、中米ニカラグアに太平洋とカリブ海・大西洋を結ぶ運河建設の計画も一時は聞かれた。
貿易でも存在感が際立っている。米国政府の資料によると、中国と中南米諸国との貿易額は2002年には180億ドルに過ぎなかったが、2021年には4490億ドルまで拡大している。
ブラジル、チリ、ペルー、ウルグアイでは既に中国が最大の貿易パートナーとなった。加えて、チリ、コスタリカ、ペルーとは自由貿易協定(FTA)を締結済み。今年2月にはエクアドルとも交渉を開始した。
コロナ禍では中国傾斜に輪をかける出来事があった。ワクチンだ。この地域で中国がワクチンの最大供給国となったのも記憶に新しい。
米国政府でも中国の台頭を不安視する声が聞かれないわけではない。バイデン政権は自国の環境関連歳出法案「ビルドバックベター(BBB)」の世界への拡大を目的とする、「BBBワールド(BBBW)」を21年に発表した。当然、そこには中南米も含まれる。しかし、自国の議会でBBBの審議が停滞する中、BBBWの進展が見込める状況ではない。
中南米諸国ではコロナへの対応のまずさ、それ以降の景気後退、貧困層への不十分な支援などを背景に現職政権への反発が強まった。これが左派ポピュリストの台頭を許している。
メキシコのAMLO政権をはじめ、チリのガブリエル・ボリッチ、ペルーのペドロ・カスティージョ、アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデスといった新政権はいずれも左派ポピュリストである。
6月19日に大統領選の決選投票があったコロンビアでは、元左翼ゲリラのグスタボ・ペトロ氏が勝利宣言をした。今年秋のブラジル大統領選では左派労働党のルーラ元大統領が優勢となっている。
2005年にアルゼンチンで開催された米州首脳会議ではFTAA交渉の断念を決定づけたが、当時の参加国の多くはブラジルのルーラ政権を筆頭に左派政権だった。中国が影響力を高め始めたのもちょうどこの頃である。つまり、中南米地域の左傾化は、歴史的に見ると米国にとってはあまりいい傾向ではない。
6月のロサンゼルスでの米州首脳会議は米国が中南米諸国との関係を再構築するための数少ない機会だった。そのためには米国と中南米全域を対象とする広域FTA創設の再提唱やBBBWの具体的な計画のような、大きなタマを打ち出す必要があった。
メキシコでも中国のプレゼンス高まる
そんな中、バイデン大統領は「米州経済繁栄パートナーシップ(APEP)」の創設を提唱した。
APEPとは何か。演説の場では具体的な説明はなかったが、簡単にいえば「米国が結んでいる既存のFTAに基づき、サプライチェーンの強化、クリーンエネルギー雇用の創設、脱炭素や生物多様性の前進、サステナブル・インクルーシブ貿易の確保」を進める、という内容のようだ。先日にバイデン大統領が日本を訪問した際に発表した「インド・太平洋経済枠組み(IPEF)」と類似した内容と考えられる。
過去の米州首脳会議では歴史に残る出来事があった。初回のマイアミではFTAA創設を発表。2018年にペルーのリマで開催した際は、国交正常化を目指していたオバマ大統領とキューバのカストロ大統領との首脳会談が行われた。
今回のAPEPの提唱は、具体的な内容の発表を待つ必要があるものの、既存の枠組みに上塗りしたようなものにとどまり、歴史に名を刻むほどではなさそうだ。また、「既存のFTA」相手国ではない国はこの構想の蚊帳の外となりかねず、中南米との関係改善の起爆剤になり得るとは言い難い。
米国にとって、中南米政策を展開する上で「同志」とすべきメキシコの大統領が米州首脳会議をボイコットする事態となった。そんなメキシコでは中国政府や企業関係者の訪問者が絶えないようだ。中国のプレゼンスはメキシコでも高まりつつある。
輸出のおよそ8割が米国向けであるメキシコにとって、今後も米国が最重要国であることに変わりはないだろう。だが、左派のAMLO政権はバイデン政権とはどうにも馬が合わない。どのような変化が起こるか注意する必要がある。
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