「われわれは立ち去らない」と米国が中東への関与を約束した。だが、言葉と裏腹に印象づけたのは、米国の影響力の低下と地域の分断だった。
バイデン大統領がイスラエル、パレスチナ、サウジアラビアを歴訪し、サウジでは他のアラブ諸国首脳らとも会談した。就任1年半になるバイデン氏にとって初の中東訪問だった。
これほど長く中東の地を踏まなかったのは、バイデン政権がアジア重視にかじを切ったからだ。中国への対抗に安全保障の軸足を置き、中東に展開する兵力も減らしてきた。
それが一転、中東入りした背景はロシアの侵略戦争である。世界的にエネルギーが高騰し、米国内のガソリン価格も上昇した。秋の中間選挙をにらみ、急場しのぎに産油国との関係強化に動いたのが実情だろう。
それだけに、サウジは優位の立場でバイデン氏を迎えたといえる。原油増産の求めに、サウジなど各国首脳がどれほど応じるかはまだはっきりしない。
逆に目立ったのは、人権重視を掲げたはずのバイデン氏の変化である。反体制記者の殺害を命じたともいわれるサウジ皇太子への融和的な態度が、一部で批判を招いている。
世界経済が動揺するなか、産油国の協調取り付けは必要だとしても、人権や民主主義の原則を曲げる言い訳にはならない。とくにサウジをめぐり、米外交はかねて二重基準と非難されてきたことを忘れてなるまい。
駆け足訪問を反映してか、バイデン氏は包括的な中東和平の構想を語らなかった。イスラエルとパレスチナが共存する「2国家解決」については「機が熟していない」とし、今回は経済支援の表明にとどまった。
パレスチナの失望は深い。560万人を超すパレスチナ難民は、世代を超えて劣悪な暮らしを強いられている。国際法に反する占領を続けるイスラエルに寄り添う米政権の姿勢に、孤立感と絶望がいっそう高まることが危惧される。
バイデン氏はイスラエルの安全保障を強調しつつ、アラブ諸国との協力を促した。地域の国々が対立を緩めること自体は望ましい。しかし、見えてきたのは、トランプ前政権と同様に、イランを「共通の脅威」として包囲網をつくる考え方だ。
近年、アラビア半島で石油施設や船舶が攻撃され、イランでは核施設の破壊工作や関係者の暗殺などが続いている。イスラエルとイランは「低強度紛争」にあるともいわれる。
米国が中東への関与を誓うなら、分断と緊張を高めるのではなく、紛争を防ぎ、和平を築く抜本的な構想を描くべきだ。
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