<社説>キッシンジャー氏 現実外交の成果と教訓
大国間の力の均衡を図ることで軍事衝突を防ぎ、安定した国際秩序を構築しようと力を尽くした。冷戦期の米国外交を率いた故ヘンリー・キッシンジャー氏である。大きな構想を描くことのできる戦略家だった。
キッシンジャー氏の最大の業績は米中和解だ。社会主義国同士のソ連と中国が対立した機を逃さず極秘に訪中し、翌1972年のニクソン米大統領の電撃訪中と79年の国交正常化につなげた。
大統領補佐官だったキッシンジャー氏は、今はソ連と対抗するために中国と手を握る必要があるが、台頭するであろう中国と対抗するために、将来はソ連と組むべきだ、と語ってニクソン氏を中国へ送り出した。
ソ連(ロシア)と組むという構想は潰(つい)えたが、キッシンジャー氏は昨年、ウクライナ侵攻に絡んで注目すべき提案をした。北大西洋条約機構(NATO)へのウクライナ加盟に反対していた姿勢を翻し、ロシアとの停戦後に加盟させるべきだと主張したのだ。
欧米の軍事支援によって軍事力を著しく増したウクライナを野放しにしておくよりは、NATOの一員にして「たが」をはめた方が欧州の安全保障に資する、というのが理由である。
この二つの逸話は、キッシンジャー氏の卓越した先見性とともに、徹底したリアリズム(現実主義)を物語る。
半面、キッシンジャー氏には毀誉褒貶(きよほうへん)がついて回る。
大国間の力の均衡を図る外交の裏で、中・小国の利益は犠牲になった。ニクソン訪中は日本の頭越しに行われ、日本には苦い教訓となった。
政治体制の異なる相手でも手を握る冷徹な現実主義が、米国の価値観である人権や民主主義をないがしろにした面も否定できない。
ベトナム戦争末期にカンボジアを猛爆して多くの市民の犠牲を生んだ。チリの左翼政権を転覆させた軍事クーデターにも関与した。
激しさを増す大国間競争の一方で、グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国の台頭が著しい。キッシンジャー流の現実外交では手に余るような新たな国際潮流が生まれている。キッシンジャー外交からくみ取るべき教訓は多い。
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