「穏健派」とはなにか。
米国大統領選の共和党候補選びの報道をみていて、感じる疑問である。共和党候補たちの争いはなお乱戦気味だが、マサチューセッツ州前知事のミット・ロムニー氏が依然、主役のようだ。そのロムニー氏を評するのに米国や日本の報道の多くに「穏健派」という表現が頻繁に出てくるのだ。
政治評論家ウィリアム・サファイア氏が1970年代に出した政治辞典によると、米国政治での穏健(Moderate)とは「中道よりもやや左の立場で、保守派にとってはリベラルよりは受け入れやすく、中道よりは活力のある用語」と定義されていた。
このとおりならば、穏健派という言葉は使う側からは、ほめも、けなしもしない中立の表現といえよう。だが最近ではロムニー氏への非難に使われるネガティブな言葉となった。保守派とされるニュート・ギングリッチ元下院議長らがロムニー氏を「穏健派」と呼ぶとき、共和党が目指すべき保守主義を十分に体現していないという非難があらわである。
では保守とはなにかといえば、まず政府の役割や支出を抑える「小さな政府」、福祉も抑制して「自助努力」や「自由競争」を重視し、国家の安全保障を大切にして「強力な防衛」を推進する。社会問題では米国社会の伝統的な価値観や風習を尊重する。だからロムニー氏を「保守派ではなく穏健派だ」と断じれば、同氏がこうした保守主義の一連の価値体系に背を向けるイメージが浮かんでくる。
ところがロムニー氏の政見を具体的にみると、減税、支出削減、予算均衡、防衛強化など間違いなく保守である。とくにオバマ大統領とくらべると、保守色は鮮明となる。同氏は同大統領の医療保険改革案の全面破棄までを唱えるのだ。
ロムニー氏を穏健派と呼ぶ側は同氏がマサチューセッツ州知事時代に州民への公営医療保険制度を進めたことと、妊娠中絶問題で「選択の自由」を一時、唱えたことを根拠にあげる。だが同氏は医療保険の連邦レベルでの公営化には反対し、妊娠中絶にもいまは反対して、保守の立場を守る。他にとくに非保守や反保守の政策は見あたらない。
米国保守主義を長年、研究してきたブルース・ワインロッド元ヘリテージ財団研究部長は「ロムニー氏は保守本流のクリス・クリスティ・ニュージャージー州知事らからすでに支援を得たことからも明らかなように、保守主義者です」と語る。ワインロッド氏はロムニー氏が穏健派と呼ばれる理由については共和党の他の候補たちがロムニー氏を党内で大多数を占める保守派から引き離そうとする作戦をあげるとともに、同氏自身がマサチューセッツという全米でも最リベラルな州の知事を務めた時代、保守主義を強めることが難しかった環境を指摘した。
さらにロムニー氏の「穏健ぶり」を強調するのは民主党全国委員会と民主党びいきの大手メディアのようだ。民主党にとっては共和党の候補に同氏が最終的に指名されれば、大統領選本番ではおそらく最も戦いにくい相手となる。だから「穏健派ロムニー氏」のレッテルを広めて、指名を防ごうというわけだ。政治のレッテル言葉には、くれぐれも要注意ということだろう。
Leave a Reply
You must be logged in to post a comment.