What Is Behind the 'Non-Aggression' Proposal with North Korea?

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防衛大学校教授・倉田秀也 北との「不可侵」案の裏に何が

2013.10.17 03:16

 10月3日の日米安全保障協議委員会(2プラス2)の主題は、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)再改定の方向性であったが、協議後の記者会見の席上、ケリー米国務長官が発した一言は、主題とは文脈を異にするとはいえ、黙過することはできない。ケリー長官は、北朝鮮が非核化を決断すれば、北との間で「不可侵協定に署名する用意がある」と述べたのである。この発言は、日本ではほぼ黙殺されたが、韓国の主要紙はこぞって取り上げた。

 ≪「協定」の当事者はどこ?≫

 韓国での報道を読んで思わず目を疑ったのは、その多くがケリー発言を「米朝不可侵協定」提案と報じていたことである。思い起こされるのは2002年秋、今の核危機の端緒となる北朝鮮の高濃縮ウラン疑惑が浮上して、「先制攻撃論」を唱えていたブッシュ政権に、北が「朝米不可侵条約」を提案したときのことである。

 西原正防衛大学校長(当時)が米紙ワシントン・ポスト上で警鐘を鳴らしたように、仮に北朝鮮が日本を攻撃した場合、「米朝不可侵条約」の下で、米国は報復の手を縛られざるを得ない。アーミテージ国務副長官(同)も、それが米議会で批准される見込みはないと一蹴した。ケリー氏が「米朝不可侵協定」を提案していたなら、氏は日米同盟強化のための協議の後、それを無力化しかねない発言を行っていたことになる。

 英文を確認したところ、韓国での報道は「勇み足」だったようである。曖昧さは残るが、ケリー氏の言う北朝鮮との「不可侵協定」の当事者は米国ではなく、「6カ国協議の構成国」と読める構文となっている。ケリー氏の意図は理解できないわけではない。それは、「核保有」を既成事実化する北朝鮮に対し、より拘束力の強い多国間の「不可侵協定」を提起して非核化を促すというものだろう。韓国が加わるなら、今春、北朝鮮が、「破棄する」とした不可侵を含む1991年の南北間合意も蘇生(そせい)することになる。

 ≪背景に米本土への直接的脅威≫

 だからといって見過ごしてよいはずはない。そもそも米国は2005年9月19日の6カ国協議共同声明で、「全ての核兵器と既存の核計画」の放棄を約した北に「核兵器または通常兵器による攻撃、侵略を行う意図を有しない」と誓約している。これは、核兵器国が非核兵器国に与える「安全の保証」という誓約の形態をとっており、米国は、この多国間文書で北の非核化を条件に一方的な武力不行使を約したに等しい。この誓約は北朝鮮が核実験を強行して以来再確認されたことはないが、北が非核化の措置をとれば再び「安全の保証」を享受できる。「共同声明」に屋上屋を架すようなケリー発言の背景には何があるのか。

 想起されるのが、一時の軍事攻勢から「平和攻勢」に転じた北朝鮮が出した国防委員会スポークスマンの「重大談話」である。米国に軍事停戦協定の平和協定への転換などを討議する「朝米高位級会談」を提案する内容となっていたが、刮目(かつもく)すべきは、「米本土を含む地域の安全と平和を保障することに真の関心があるなら、前提条件をつけた対話と接触を言ってはならない」とした一文だ。

 昨年末の弾道ミサイル発射実験の成功で、北朝鮮が「米本土の安全と平和」を「人質」に取りつつある自信が見え隠れするが、今や米朝関係における「不可侵」とは10年前とは異なり、米国による北への武力行使のみを禁じるものではなく、非対称的ではあるが、北による米本土への直接攻撃をも禁じる「相互不可侵」に近い意味を持ちつつある。ケリー発言の根底には、北からの弾道ミサイルの脅威が潜んでいるとみてよい。

 ≪北はケリー発言逆手に恫喝≫

 対米協議に意欲を示す北朝鮮が、ケリー発言を見逃すはずはなかった。この12日、国防委員会スポークスマンはこれを批判する声明を発表した。この声明は、ケリー発言を米朝2国間の「不可侵協定」提案と曲解しており、北朝鮮が米国との2国間協議に固執していることを示しているが、より重視すべきは、ケリー発言を逆手にとる形で、「相手の武装を先に解除」させて「不可侵」を約束することを批判し、米国側に「全ての戦争挑発行為の即時中止」を求めていたことであろう。

 ここで言う「全ての戦争挑発行為」は主に、米韓合同軍事演習を指すが、声明は、米側に「各様各種の孤立圧殺封鎖措置を撤回する政策決断を下すこと」を訴え、軍事停戦協定の平和協定への転換、在韓米軍の撤収を求めている。なお、声明は、そうすることが「米本土の平和と安全」の「担保」になると述べて、米国を「恫喝(どうかつ)」することも忘れてはいない。

 米朝2国間の「不可侵協定」など論外であるが、米国は非核化のための取引に米韓同盟の無力化を供してはならない。過去、米政権は再選後、北朝鮮に「前のめり」になっていたが、ケリー発言もまた、その予兆なのか。杞憂(きゆう)に終わると信じたいが、その懸念はやはり拭い切れない。(くらた ひでや)

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