日米関係は、危険水域に入りつつあるのではないか。安倍政権周辺から同盟の原点を揺るがす言動が続く現状を、深く憂慮する。
米国の反対を振り切った安倍晋三首相の靖国神社参拝。それに対する米国の「失望」表明と、首相補佐官の「こちらこそ失望だ」という反発の応酬。NHK会長や経営委員の歴史をめぐる発言。一連の出来事が、日米同盟の基盤にかつてない深刻な亀裂を生じさせている。
今起きているのは、過去の通商摩擦や防衛摩擦とは質的に異なる、歴史摩擦である。放置すれば同盟の根幹が崩れる。政治指導者は立て直しに真剣に努力すべきだ。
◇永遠の同盟はない
日本は日米安保条約によって米国主導の戦後国際秩序の主要な担い手となり、平和を享受してきた。半世紀以上も続く成功体験が、この同盟関係を、水や空気のように永続するものと錯覚させている。
だが、英国の元首相パーマストンの「永遠の同盟というものはない。あるのは永遠の国益だ」との言葉にあるように、同盟は利害の一致によって生まれ、共通の価値観が失われれば、消えてなくなる。
日米同盟の土台は、1952年発効のサンフランシスコ講和条約だ。日本はA級戦犯の戦争責任を東京裁判受諾で受け入れ、戦前の日本と一線を画す国に生まれ変わることで、世界に迎え入れられた。
日米同盟は単なる軍事同盟ではなく、人権意識や文化の成熟など先進民主国家同士の共通の価値観に基づく同盟として、今日まで日本外交の資産となってきたのだ。
太平洋戦争をめぐる歴史認識は、そうした戦後国際秩序の前提であって、日米同盟の基盤である。それが揺らげば同盟も揺らぐ。
日本側が「(オバマ政権は民主党だから)共和党とならうまくいくはずだ」と考えているなら、それは誤った見方だ。歴史認識や人権といったテーマは、どの政党の政権かによらず米国は厳しい、ということを忘れてはならないだろう。
見逃せないのは、政権周辺の無責任な言動を首相がはっきり否定しない限り、それは安倍政権と自民党の考えだと、国際社会が受け止めることだ。日本は戦後国際秩序への挑戦者だと宣伝工作する中国につけいるスキを与えないためにも、早めに手を打つべきではないか。
一方、日米同盟に不協和音が出ているのは、米国側にも責任があることを強調しておきたい。
日本でナショナリズムが高まる背景には、尖閣諸島周辺で相次ぐ中国の挑発的な行為がある。日本が領土拡張主義なのではない。
にもかかわらず、オバマ政権は、中国の脅威にさらされる日本への十分な理解があるようには見えない。アジア最大の同盟国に対するとは思えない冷たい対応が、日本人の不満と不安をあおっている。
米国主導の戦後国際秩序は、日本にとって、二律背反の複雑さを持つものでもある。いつまでも戦争責任を追及され、「悪者扱い」されることに、抵抗を覚える日本人も少なくない。原爆投下や東京大空襲も不正な殺りくだと考える人は、いて当然だろう。その意味では、日米両国の真の戦後和解もまた、完全に達成されているとは言えない。
◇相互理解の努力を
だが、そうしたむき出しの感情が対立する事態になれば、同盟全体を損なう。日米同盟の原点に立ち返った大局的な判断と行動を、双方の政治指導者には求めたい。
政治学者の故永井陽之助氏は、あの戦争を「太平洋を挟んで相対峙(たいじ)した2大海軍国が、心から手を握るために、支払わねばならなかった巨大な代償」と書き、日米友好は「なんら相互理解の努力なしに達成しうるものではない。日米間に友好関係の自然状態がつねにあるなどと錯覚してはならない」(「平和の代償」)と警告した。この言葉をかみしめるべきではないだろうか。
そのため、安倍政権は以下のことに取り組むべきである。
侵略と植民地支配を明確に認め、過去の反省に基づく理念で世界と協調する道を歩む決意を示す。侵略という言葉を使った村山談話、従軍慰安婦の河野談話を見直す考えのないことを明言し、中国、韓国との歴史対立解消の道筋を探る。
靖国神社には再び参拝せず、A級戦犯の戦争責任を受け入れ、日本人自身による戦争の総括と慰霊の観点から、戦没者追悼の新たなあり方を国民的な議論にかける。
こうしたことが、歴史認識で国際社会の信任を取り戻し、日米同盟の基盤を強め、近隣外交を立て直す現実的な方策だと考える。
中国と対立し、米国とも対立することは、両国との戦争で破滅へと進んだ戦前の教訓に学ばないことになる。米中の双方と衝突すれば、日本の外交は立ちゆかない。
安倍政権は、集団的自衛権を行使できるようにしないと日米同盟は危機に陥る、として憲法解釈変更を急ぐ構えだ。だが、同盟の原点である歴史認識の問題で米国の不信の解消に動こうとしない方が、日米関係をより危うくするだろう。
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