3月からFRBの金融政策はどう動いて行くのか
アメリカ経済と金融政策に詳しい小野亮氏が解説
3月15・16日にアメリカでFOMC(連邦公開市場委員会)が開かれる。利上げが予想されているが、ウクライナ情勢が混沌とする中、今後のFRB(連邦準備制度理事会)の金融正常化はどのようなパスになるのだろうか。アメリカ経済と金融政策を長年分析してきたみずほリサーチ&テクノロジーズの小野亮プリンシパルに聞いた。
――3月15・16日にFOMCが開かれ、利上げ局面に入ります。ロシアのウクライナ侵攻で不透明感も増していますが、先行きのFRBの政策はどうなるでしょうか。
パウエル議長は3月2日の議会証言で、3月のFOMCで決める金融政策を明らかにしている。ロシアのウクライナ侵攻もあり、金融政策面での不透明感をなるべくなくそうとしたことは、評価できる。ウクライナ情勢がアメリカの景気に足元で影響を及ぼしているという状況でもないので、予定どおりに0.25%ポイントの利上げをするだろう。連続利上げの第一弾になるとしている。FRBがバランスシートの縮小に着手するのは5月のFOMC以降、私はおそらく6月とみている。
アメリカが他の国と比べて決定的に違うのは、経済の強さだ。1月のデータではあるが、求人労働異動調査(JOLTS)では利用が可能な労働者数を500万人も上回る労働需要がある。2月の雇用統計でも非農業部門雇用者数は前月比67.8万人の増加、3カ月移動平均でも58.2万人というのは相当なペースで、失業率も4%を割り込んだ。賃金の伸びも5%台だ。
前回、利上げ局面に転じたのは2015年12月だが、このときよりも圧倒的に強い。歴史的な内需の強さといえる。外的な条件のみならず内需が強いというのがECB(欧州中央銀行)や日本銀行が置かれた状況との違いだ。
5月以降の会合すべてで連続利上げも
――パウエル議長は中立金利を上回る水準にも言及しましたね。今後の利上げのパスはどうなるのでしょう。
中立金利を超えることもあるとしたのも、不確実性を避けるためだと思う。政策金利のピークが2024年末から2023年末に前倒しされ、パウエル議長の言葉を借りれば「2.00~2.50%の間にあるとみられる中立水準よりも高い水準」となるということだろう。
3月15・16日のFOMCでは四半期に一度公表している経済・政策金利見通しが改訂される。ここ数カ月上振れが続いているインフレ見通しが上方修正されるとともに、政策金利見通し、いわゆるドットチャートも、昨年12月に示されたものより金利水準が大幅に引き上げられるだろう。具体的には、2022年末の政策金利水準が1.75%~2.00%と、5月以降の会合すべてで連続利上げが行われることを示すことになっても不思議ではない。
ただし、それはあくまでも現段階の見通しで、ウクライナ情勢次第というところがあり、今後は上振れも下振れもありうる。
パウエル議長は、ドットチャートは「FOMCとしての決定や予測ではなく、FOMC参加者らの個々の予測にすぎない」とやや軽く扱うだろう。今後の金融政策は、「情勢の変化に注意深く機敏に(nimble)対応」することになり、「何が起きるかわからない」という意味で「ライブだ」と説明すると思われる。
ウクライナ情勢なかりせば、むしろ、ドットチャートを積極的に市場への織り込み、市場との確認に使うはずだったと思うが、今回は、あまり重視しないでほしいと言うのではないか。
予見可能性を意識しているので、0.25%ポイントずつ毎回上げるのが基本。0.50%ポイントになることも否定はしていないので、今年早めに利上げを進めることもありうるが、その場合は、1994年のグリーンスパンのようなサプライズではなく、事前に示唆して市場に織り込ませるだろう。
バランスシートは6月から1年かけて削減
――QT(量的引き締め)はどのようなペースになるでしょうか。
基本的はバランスシートが前回のQE(量的緩和)と比べると2倍になっているので、前回(2017年9月~2019年9月に縮小)の2倍のペースで縮小するということだと思う。1年ぐらいで国債やMBS(住宅ローン担保証券)の償還金の再投資の縮小幅を拡大していって、1年後からはほぼ一定の削減をするだろう。前回は国債が60億ドルでMBSが40億ドルの合計100億ドルだった。その倍の計200億ドルのペースで進めていくのではないか。再投資の上限は前回が500億ドルだったので今回は1000億ドルになるのだろう。
――市場では、高インフレがスタグフレーションリスクにつながるとの懸念がある一方、FRBの引き締めが景気のオーバーキルにつながるとみる向きもあります。
インフレが家計の購買力を奪うのは事実だが、問題はその度合いだ。市場は2月のCPI(消費者物価上昇率)が8%近い上昇となったことに目を奪われているが、雇用者報酬の伸びはそれ以上だ。2月雇用統計から見ると、2月時点の雇用者報酬の伸びは10%前後になる。
実質所得の大幅な伸びの原資の1つが、日本で今話題になっている交易利得で、日本ではウクライナ侵攻前の2021年10~12月期時点で、交易利得がマイナス9.4兆円、前年同期差ではマイナス13.8兆円と、実質所得の大規模な海外流出が起きている。実質GDP(国内総生産)でみる以上に日本経済の所得環境、つまり実質GDI(国内総所得)は脆弱だ。
高インフレ下でも経済強く、むしろ引き締め強化も
翻ってアメリカはどうか。筆者の試算では、同期間のアメリカの交易利得はプラス5311億ドルで実質GDP比2.7%に相当する。前年同期差でもプラス1084億ドルと大幅に増加している。世界有数のエネルギー・農業大国であるためだ。
さらにアメリカの家計には、6.4%の貯蓄率というフローでみたバッファーと、昨年末時点で3.1兆ドルの流動資産というストックのバッファーもある。これは決済性預金・通貨と定期・貯蓄預金について、2010~2019のトレンド対比でみた上振れ額だ。
こうした点を踏まえると、アメリカ経済が高インフレ下でも強さを維持し、むしろ、FRBの漸進的引き締めではインフレ退治は間に合わない可能性が無視できない。ウクライナ情勢によって、FOMCが様子見を迫られる状況も想定されるが、逆に、0.50%ポイントの連続利上げというシナリオも想定しておく必要がある。
――エネルギーの面を見ると、ロシアへの制裁によって、ロシアと欧州が打撃を受けますが、アメリカにはむしろプラスに働くと考えられますね。
エネルギーの面ではそうだろう。市場におけるOPEC(石油輸出国機構)のシェアやアメリカのシェアは高まることになる。ロシアからの輸入が減る分をそこが代替しなければ、欧州がもたないからだ。
ただし、ニッケルの問題に見られるように、これから鉱物資源の不足も広がってくる。こうしたさまざまな問題が噴出する中で、ロシアへの海外からの直接投資の規模は4000億ドルあるので、ひも付いた証券化市場にも影響を与えて金融市場にもストレスが掛かることが十分考えられる。
エネルギーではアメリカは強いが、金融市場におけるクレジット・ショックには敏感なので、2022年第1四半期についてはゼロ成長に陥るということもありうる。ただそのまま悪化していくかといえば、そうではない。底力があり、翌期には回復するという形になると思われる。
ロシアからの天然ガス停止が最大のリスク
――今もってロシアは天然ガスを欧州に供給し続けているわけですが、これが止まればたいへんなことになりますね。ドイツのショルツ首相も「代替策がない」とコメントしています。
それはかなりのリスクシナリオで、ロシアにとっても欧州にとっても1カ月ももたないという話になる。金融市場を通じてアメリカも含めた世界経済への打撃となるので、さすがにそこへ行く前に停戦協議をまとめるという方向になるだろう。
その場合はウクライナとロシアだけでなく、EU(欧州連合)も入った協議になるのではないかと思う。ミンスク合意(2014年にロシア、ウクライナに仲介役のフランス、ドイツが加わってまとめたウクライナ東部紛争を巡る和平合意)には非常に曖昧なところがあったので、仕切り直しをしないとおさまらないだろう。
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