世界に衝撃を与えた英国民投票の結果は、欧米を席巻するポピュリズムの爆発を意味する。それは民主政治への手厳しい警告でもある。
「ここで起きたことと、われわれの選挙キャンペーンは、実によく似ている」
英国の欧州連合(EU)離脱が決まった二十四日、米大統領選で共和党指名候補が確実になったドナルド・トランプ氏は、訪問先の英北部スコットランドで記者会見し、離脱派に祝意を表したうえで、こう語った。
広がるトランプ現象
その指摘通り、類似点は多い。
離脱派からは「英国を再び偉大な国に」という叫びが聞こえた。トランプ氏のスローガンは「米国を再び偉大な国に」。国名を除けば同じだ。
離脱派の右派・英国独立党のファラージ党首は「移民増加によってテロの危険が高じる」と主張した。これもトランプ氏の移民排斥論と変わらない。
外の世界に背を向け、自国の利益を第一に掲げる内向きの姿勢や、既成政治への強い不満、反感も共通する。
グローバル経済の恩恵を受けられず、暮らし向きはいっこうに良くならないのに、格差は広がるばかり。ひと握りのエリートたちが政治を牛耳り、民意は反映されず、自分はのけ者扱いだ-。
欧米社会にはこうした人々の不満が鬱積(うっせき)し、重苦しい閉塞(へいそく)感が立ち込める。民主社会としては不健全な状況だ。
そうしたなか、極端な発言で人々の不満や恐怖をあおり、民心をつかむのにたけているのが、トランプ氏のような扇動政治家だ。世界中でエリートへの反感と不満を吸収して支持を勝ち取っている。
トランプ現象は両国だけにとどまらない。
欧州では、反EU、反難民を唱える右翼政党の台頭が著しい。
フランスではルペン党首率いる国民戦線(FN)が第三極を占め、来年の大統領選でも台風の目になりそうだ。
総選挙を来年に控えるドイツでも、民族主義政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を広げる。
右翼政党は英国の国民投票の結果に勢いづく。こうしたEU懐疑派勢力が同様の国民投票の実施を求めることが予想される。
債務危機に続いて難民危機に見舞われる欧州全域で、反EU感情が高まっているさなかだけに、離脱ドミノが起きる可能性は否定できない。
政治は柔軟性取り戻せ
それでなくても、域内でドイツに次ぐ経済大国の英国の離脱によって、EUの弱体化は避けられない。テロや難民、気候変動などのグローバルな課題への対処能力を低下させるだろう。
米国主導による戦後の国際秩序は、中国やロシアの挑戦にさらされると同時に、新たな不安要因を内包することになった。
「トランプ、ルペン、ジョンソン(離脱派の前ロンドン市長)が、来年の主要国首脳会議に顔をそろえるとしたら、それは恐ろしいシナリオだ。だからこそ、ポピュリズムと戦う価値がある」
ユンケル欧州委員長の側近が五月の伊勢志摩サミット出席中に、こんな書き込みをツイッターにして話題になった。
サミットでの議論でも、各国首脳からは「中間層が将来に期待をもてず、格差がポピュリズムにつながっている」といった意見が出たという。
各国とも民主社会を支える中間層は先細り、格差問題でも有効な手だてを打ち出せずにいる。
しかも、そのポピュリズムをつくり出しているのは、既得権益の上にあぐらをかく政治家たちでもある。
ポピュリズムの台頭は民主政治の危機を知らせる警告だ。その危機を克服するには、「自分はのけ者だ」と疎外感を感じている人々の民意をすくい取る柔軟さを、政治が取り戻す必要がある。
英国の国民投票で、エリート主導による欧州統合の在り方は否定された。EUも聞く耳を持って、改革を進めてほしい。
硬直した政治が続けば、排外主義がはびこる不寛容な社会が生まれるだろう。
その先には、民族や宗派の対立激化が待っている。
「開かれた欧州」の理念
共通通貨「ユーロ」の紙幣には、表側に窓や門、裏側に橋が描かれている。
窓と門は「開かれた欧州」、橋は「人のつながり」という統合の理念を表している。
英国の離脱によって、非戦を誓った戦後の欧州が掲げるこの理念が、色あせたわけではない。理念は試練によってより高められるはずだ。
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