アメリカのインフレはどれくらい深刻なのか
FRB議長続投でも交代でもインフレは高進?
この原稿は新幹線の中で書いている(11月18日)。ここへきて新型コロナ感染が下火になるにつれて、10月くらいから筆者も地方での講演の仕事が復活してきた。内外情勢調査会の講師で、広島県福山市に向かう途中である。
グリーン車は久々の「満席」!
今朝の東海道新幹線のグリーン車はなんと満席だ。10月、緊急事態宣言明け直後に東北新幹線で新青森駅に向かった際には車内はガラガラで、Zoomを使ったリモート会議に参加できたくらいだった。
新幹線グリーン車の満席を体験するのはいつ以来だろう。たぶんリーマンショック以前、2005年の「愛・地球博」の頃以来ではないかと思う。
それというのも、経済活動が再開に向かっているからで、それ自体は大いに結構なことだ。夜の銀座なんて、10月末には完全復活していたぞ。そこは皆さん、マスクはしているし、きれいどころはフェイスガードをして接客している。
それでも久々に戻ってきた日常を、互いに満喫している様子であった。筆者を連れて行ってくれた社長さんも、今期は交際費もほとんど使っていなかったようだから、まあ、いいじゃないですか、ご同輩。
しかるにこんな風に経済活動が戻ってくると、あちこちでボトルネックが生じ始めている。コロナ禍で供給を絞っていたところへ、需要が急に戻ったらそうなるのは当たり前だろう。
一部の地域では、ガソリン価格が「リッター170円」を超え始めた。農業や漁業の現場が大変だ、介護や福祉の仕事にも影響が出ているということで、経済産業省は石油元売り業者に対して補助金を出すという。
おいおい、待ってくれ。元売り業者にお金を渡したところで、彼らが値下げをするとは限らないだろう。あるいは元売りが値下げをしてくれても、ガソリンスタンドが下げるという保証はない。
そんなことより今あるガソリン価格には、リッター50円程度の揮発油税が上乗せされているはず。それを時限的に減税するほうがよっぽど合理的ではないのか。「一利を興すは一害を除くに若かず」なんて言葉を君らは知らんのか。
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一方で、いよいよ政府が補正予算を決める大詰めの時期を迎えている。岸田文雄内閣においては、従来の「官邸主導」のいきすぎを是正すべく、経済対策の策定においては自民党内の議論を広く反映させている。総選挙で勝たせていただいた関係各位には、しかるべき御礼もしなければならない。
その結果として、財政が「大盤振る舞い」になってしまうのは、「いつか来た道」ではないか。少なくとも「新しい資本主義」ではないだろう。
さらに政府・与党としては、「来年の参議院選挙もよろしくお願いします」というごあいさつも忘れてはならない。総選挙で勝って、参院選も勝ってしまえば、その後3年間は国政選挙がない期間が続く。岸田文雄氏は2024年9月に到来する自民党総裁任期まで、悠々と政権を担える公算が高くなる。
その代わり、一度はひっこめた金融所得課税の問題も、来年度の税制改正ではしっかり俎上にのることだろう。この国の政府は昔からそんなに甘くはない。知らなかったとは言わせませぬぞ。
アメリカではガソリン価格がシャレにならないことに
ところで海の向こう、アメリカではガソリン価格がもっとシャレにならないことになっている。「1ガロン=3ドル」というと、1ガロンは3.7リッターくらいなので、日本に比べればはるかに安い(リッター90円台前半)のだが、それでも、これがクルマ社会のアメリカを直撃している。
ジョー・バイデン大統領は、なんとFTC(連邦取引委員会)に対してガソリン価格の調査を要請した。FTCは日本でいえば公正取引委員会。「鶏を割くに牛刀をもってす」といったところで、たぶんに政治的ジェスチャーなんだろうけれども、現政権の苦しい内部事情が透けて見えてくる。
なにしろ先日は、ABC/ワシントンポスト紙の世論調査で政権支持率が38%となり、とうとう40%を割ってきた。来年の中間選挙を控えて、なんとか党勢の回復を図りたいところ。さもなくば、早すぎる「レームダック」入りとなってしまいそうだ。
しかるに本気でガソリン価格を下げたいのであれば、国内のシェール開発の背中を押せばいいだけの話。ところが民主党内の「環境正義派」がそれを許さない。
化石燃料の開発は「悪」である。したがって、バイデン大統領は石油の戦略備蓄放出を模索したり、中東産油国に増産をお願いしたりしている。しかるに産油国も馬鹿ではない。コロナの感染再拡大もありうるのだから、どうせならこのまま減産を維持して、今の1バレル=80ドル前後の原油価格をなるべく長くエンジョイしたいところであろう。
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もうちょっと憎まれ口を叩かせてもらうと、リッター170円やガロン3ドルのガソリン価格で泣きが入るようでは、「脱炭素」なんて目標は取り下げたほうがいい。そんなことでは、ガソリン車からEV(電気自動車)への切り替えなど進みませぬぞ。「2050年カーボンニュートラル」は、その程度の覚悟で達成できる目標ではありますまい。
さて、バイデン政権の支持率低下は、ほかにもいろんな理由が重なってのことである。ワクチン接種が進まないために夏から感染者数が再拡大したこと、「カブール陥落」で外交安保政策の不手際がクローズアップされたこと、そして連邦議会が与野党対立だけでなく、民主党内の「左派対穏健派」の対立で停滞していることなどだ。
しかるに、よりストレートに政権の足を引っ張っているのが、昨今のアメリカ経済の物価高である。10月の消費者物価指数は前年比6.2%増となった。
物価は前年比で表示するから、コロナ禍による需要減で物価が下がりぎみだった去年に比べれば、今年のデータが高めに出るのは当たり前。だから「インフレは一時的な現象」とFRB(連邦準備制度理事会)は説明し続けてきたわけだが、昨年10月のCPI(消費者物価)はすでに前年同月比で1.2%増となっていた。そこからさらに今年の10月は同6.2%増なのだから、さすがに「一時的」とは言えなくなってきた。
中央銀行としてはとんだ「読み違え」で、ジェローム・パウエル議長への信認が急に揺らぎ始めた。
物価高が止まらない3つの理由
なぜ物価高が止まらないのか。1番目の理由は個人消費の過熱である。コロナ下のアメリカ政府は、給付金をはじめとする大盤振る舞いに打って出た。日本の場合は給付金の7割が貯蓄に回ったといわれるが、アメリカ人はしっかり使ったのである。
それも外食や旅行、ジム通いなどのサービス消費が止まっていた手前、モノをバンバン買いまくった。ついでにいえば、彼らは株も買ったのである。
商品の発注はスマホからポチるだけで済むが、売る側はちゃんと商品を届けなければならない。つまり需要はクリックでバーチャルだが、供給のデリバリーはリアルなのである。この「非対称性」が、いわゆるサプライチェーン問題を引き起こした。
アメリカ西海岸には中国から来たコンテナ船が群れをなし、荷役が滞って消費者の手元にモノが届かない、そしてコンテナが還流しない。今年になって、せっせと空のコンテナをアジアに戻しているけれども、今度は陸送用のトラック運転手が足りないときている。もっともこれらは、時間はかかるけれども、いずれは解決するはずの問題である。
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2番目の理由は、コロナからの回復過程で国際商品価格の上昇が始まったことだ。とくにエネルギー価格の上昇が顕著である。なぜそんなことになるかというと、性急な「脱炭素」政策によるところが大である。
いわゆるESG(環境・社会・ガバナンス)投資により、化石燃料の開発にはお金が回らなくなっている。エネルギー業界としては、長期の開発投資を止めざるをえない。それで石油や天然ガスの値段は上がる。喜ぶのはOPEC(石油輸出国機構)やロシアなどである。他方、再生可能エネルギーはそんなに急には普及しない。なおかつ、使い勝手もよくないのである。
燃料価格の上昇は、穀物などほかの国際商品の値段にもダイレクトに影響する。日本でも大豆商品を使った食品価格が上がっているのはご案内のとおり。COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)は終わったばかりだが、今のような「直線的アプローチ」の脱炭素政策を続けているかぎり、この状況は変わらないだろう。日本も輸入インフレを警戒する必要があるということになる。
3番目の理由は、労働コストが上がってきたことだ。アメリカの雇用回復が遅れているのは、景気対策による失業手当の上乗せ金が多すぎるからだ、てな批判が以前からあった。今年9月に上乗せ金はさすがに失効したのだが、なおも労働市場に戻ってこない人たちが大勢いる。
ゆえに労働参加率は、コロナ前の水準にはなかなか戻らない。1つには、コロナ禍を機に完全にリタイアしてしまった高齢者がいる。長引くロックダウン(都市封鎖)生活で、人生観が変わった人たちもいる。仕事よりも家族と一緒にいる時間を大切にしたい、通勤なんてもう嫌だ、もっと条件のいい仕事を探したい、などと「選択的失業」が増えている。
結果として雇用主は賃金を上げざるをえない。いや、さすがはアメリカ。本気で賃上げを目指すのなら、こんなふうに実力でもぎ取りたいものだ。くれぐれも「成長から分配へ」などと、お上のお慈悲にすがっているようでは、収入増はおぼつかないですぞ。
他方、「さすがのアメリカ人も貯金が減ってくれば、徐々に職場に復帰するだろう」との見立てもある。賃金インフレが続くかどうかは、コロナの感染状況など、今後の推移を見なければわからないというのが正直なところである。
もしもブレイナード理事がFRB議長になったら?
さて、本稿が配信される前後には、来年2月3日で任期を迎えるパウエル議長の後任人事が公表されるはず。今のところ、パウエル議長続投とラエル・ブレイナード理事の昇格が50%ずつといったところだ。バイデン大統領としては、現状でいいとみれば続投、党内左派のご機嫌取りが必要であるならブレイナード氏を選ぶといった感じだろうか。
とはいえ、ブレイナード理事はパウエル議長以上のハト派とみられている。古い言葉だが「インフレファイター」という選択肢は存在しないのだ。そしてバイデン政権は、インフラ投資法案1.2兆ドルを超党派で成立させたが、さらに1.75兆ドルのBBB法案(Build Back Better)を通したい構えである。
インフレ到来というリスクを、はたしてマーケットはどの程度織り込むべきなのか。しばらくは悩ましい季節が続きそうである(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承下さい)。
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